どーも、冨安です。
「お好み焼きの戦前史」という本を読んでいて、お好み焼きが生まれるまでの馴れ初めが面白かったので紹介します。
タイトルのとおり、お好み焼きの歴史に関する本です。
KindleUnlimitedで無料で読めたんですが、ボリュームがあってまだ半分くらいしか読んでません。
その歴史の遡り方がすごくて、よくぞこれだけ資料を集めたなと著者に頭が下がります。
なぜタイトルが「お好み焼きの歴史」ではなく、「お好み焼きの戦前史」になったか記述があって本書を書き上げた執念を感じました。
戦前の資料の収集だけで既に9年以上の年月がかかっており、現在もなお収集は続いている。戦後の資料収集をまっていては何年先になるかわからないために、「戦前史」に絞って資料をまとめることにしたのが本書である。
お好み焼きの歴史より
戦前の資料集めだけで9年かかってるとか、果てしなく地道な作業の上で本書が成り立ってるんだなと思います。
お好み焼き文化が育まれた江戸、明治の時代背景なども描かれているので面白く読んでます。
お好み焼きは元をたどっていけば、江戸時代に生まれたある文化がきっかけになっています。
どんな文化だと思いますか?お好み焼きが生まれるために必要だったある文化。
現代には当たり前のように存在するある文化が、江戸時代に生まれてそれがお好み焼きを生み出しているという、その繋がりに感動しました。
お好み焼きの初期は大道芸的な屋台、文字焼きから始まった。
そもそもなんでこの本を読もうと思ったか?
あるときイタリアの人視点で書かれたピザの歴史という本を読んでいて、お好み焼きは和風ピザである。
みたいな記述があり、日本の小麦文化ってどうやって生まれたのかな−?
と疑問に思ったんですね。
水溶き小麦粉に出汁や具材を混ぜて焼く、この小麦文化は日本でどう生まれたんだろう?
気になりそこで読んでみたのが「お好み焼きの戦前史」でした。
お好み焼きの前身となる「文字焼き」という大道芸的な屋台が、江戸時代に生まれたのが後のお好み焼きにつながるそうです。
・明治時代の文字焼について説明する前に、江戸時代の文字焼についておさらいしておく。 小麦粉に砂糖あるいは蜜を混ぜて焼いた薄く甘いクッキー状の菓子である。(1600* 風俗画報、18572) 魚、亀、宝船などの形態を模写したり、寿のような文字を作って焼く。(1600* 風俗画報、『江戸と東京風俗野史』、18061、18571、18572) 車輪のない担ぎ屋台での商売である。店舗形式ではない。(1600* 風俗画報、18061、18571、18572) 値段は幕末の場合4文から。(18572) 職人が焼くだけでなく、子供が自分で焼くようにもなった。
お好み焼きの歴史より
こういうの、30円くらいの駄菓子でありますよね。
薄っぺらいカツの駄菓子、子どもの頃買ってたなーと思いました。
薄っぺらくて小さい水溶き小麦粉焼き。
文字焼きは、江戸時代の子どもたちのお小遣い文化から生まれた。
お好み焼きの前身となる文字焼き。
この文字焼きが生まれるため重要だったのは、江戸時代に子どもたちのお小遣い文化が生まれたことだったそうです!!
これは面白い背景ですよね。
江戸時代、貨幣経済の発達に伴い、江戸などの都市部に、自分の意志で使うことのできる定期的収入を持った子供が出現した。お小遣いの発生である。 文化文政期、バブル期とも言える好景気とともに、平成期まで続く長期の人口増加現象が開始される。それとともに、子供の数も長期的に増え続けることとなる。 子供の数の増加により、人口密度の高い都会において、子どもの小遣いだけで生計を立てる、大道芸的な食べもの屋台が誕生する。
お好み焼きの歴史より
江戸時代、経済的に豊かになり子どもにお金を与えることが可能になり、子どもたちのお小遣い市場だけでも1つの仕事が成り立つようになっていたんですね。
今では子ども向け市場って当たり前に存在しますが、この子どものお小遣い市場は江戸時代に生まれたそうです。
人口増加や食料の安定生産、貨幣経済の広がりなどが進んだ結果なんでしょう。
今の僕たちが食べているお好み焼きは、江戸時代のお小遣い文化なくして存在してないんです!
駄菓子屋と文字焼き屋の闘争。そしてお好み焼きが生まれる。
文字焼きは時代の流れのなかで、駄菓子屋という競合との争いに敗れて業態転換をせざるを得なくなったそうです。
駄菓子屋が新規事業で、文字焼きをやり始めちゃったんですね。
個人商店でやってるそばでショッピングモールができちゃって、もう太刀打ちできないみたいな感じだったんでしょうか?
そして文字焼きはお好み焼きに。
・やがて文字焼は やむをえず、追い込まれて お好み焼きに姿を変えた。焼型を使った焼菓子にはまねできない、一品料理のパロディという新境地を開いたのだ。
・お好み焼きとは、衰亡の危機にあった文字焼屋台が、明治 30 年代以降隆盛した洋食屋台のまねをして、子供向けの洋食風パロディ料理を提供するようになったのがその始まりである、というのが本書の見解である。 洋食が主体であるがゆえに、調味料はウスターソースとなる。そして、洋食メニューの端におまけとして加えられた、日本料理の天ぷらや中華料理の焼きそばにも、ウスターソースが使われた。 なぜなら、お好み焼きの屋台のウスターソースの実態は醤油とたいして変わらないものであり、天ぷらや焼きそばのためにわざわざ別に醤油を用意するのは二度手間だったからだ。 こうして、日本料理の天ぷらのパロディ料理なのになぜかウスターソースを塗ったり、中華料理の焼きそばのパロディなのになぜか中華麺をウスターソースで炒めた、世にも奇妙な子供向け料理が生まれた。 前者が、 現在の お好み焼きであり、後者が 現在の ソース焼きそばである。
・「今流行しているあの洋食も、価格を下げて提供すれば、子供たちが小遣いで買えるようになるのではないか」 そう考えた文字焼屋台の主人が、ウスターソースと油と鉄板を買い、手慣れた水溶き小麦粉焼きの技術で、洋食風の安い駄菓子料理を作りはじめた。 これがお好み焼きの始まりなのではなかろうか。
お好み焼きの歴史より
明治時代、洋食ブームの背景もあり、洋食のパロディ駄菓子を文字焼き屋が作り始めた。
そして大正に入り、子どもだけでなく大人までも魅了するようになり店舗型のお好み焼きにつながるそうです。
文字焼き屋、たくましいですね。
かなり端おってしまっていますが、お好み焼きが好きな方はぜひ本書を読んでみてください。
資料調査と考察のボリューム半端ないので。
豊かさが職業を細分化して、新しいジャンルの職業を生み出す。
本書を読んでいて、世の中は豊かになればそれだけ多くの職業が生まれるんだなと思いました。
例えば現在でいえばタピオカドリンク専門店とかあったりします。ドリンク専門店というだけでもすごい気がするのに、タピオカドリンク専門店とかどれだけ職業の細分化が進んでいるのでしょうか?
YouTuberなんかも現代ならではの専門性がある職業ですよね。
世界で分業が生まれたのは農耕が始まった1万年以上前、食糧の余剰が生まれたことがきっかけでした。
やがて生活の豊かさは江戸時代には子どもたちのお小遣い文化を生み、その市場をターゲットにした屋台から昨今のお好み焼きが誕生しました。
細分化された職業が成り立つ背景には、生活に人々の余剰や余力があると思います。
ということは、YouTuberみたいな職業が生まれる現代余剰が十分ある世の中ということなのでしょうか?
それとも限られた資源を浪費して成り立っているのでしょうか?
コロナウィルスで職業の流行り廃りもまた起こりそうですね。
これからの時代、職業はどのように変わっていくのでしょうか?
以上、「お好み焼きの戦前史」からお届けしました。