国際経験が豊富な人とコミュニケーションして、すごいと思うこと。

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どーも、冨安です。

最近バングラデシュの農業研究者5人がご近所さんになりました。

彼らの中にはバングラデシュ以外にもイギリスや中国に住んでいて、話せる言語も英語、ベンガル語に加えてもう一言語という人もいます。

日本人は日本語しか話せない人が多いことを考えると、3ヶ国語を話せるとか異国に住んでいる経験があるとかいいなと思います。

僕は異国に住もうというとこまで踏み切れないので。

それで国際経験も豊富な人とコミュニケーションしていて、すごいなーと思うことがあります。

相手側の視点に立つ能力。

彼らとコミュニケーションをするとき基本的に英語なのですが、僕の英語力はスムーズにコミュニケーションを取ることは難しいです。

相手の話してることが聞き取れないことがあるし、単語が出てこなくて言葉に詰まることも多いです。

日本語でも言葉に詰まることは多いですけど。

国際経験もあり色んな国の人とコミュニケーションを重ねてきたであろう彼らは、相手側の視点に立ってコミュニケーションする能力に長けていると感じます。

例えば僕が理解できない英語があったとして、

僕が何を理解していて、何を分かっていないか?

理解しようとしてくれて、ゆっくりと話してくれたり言葉を変えて伝えてくれたりします。

ここを自然とよく観察していて、お互いに理解ができなかったときの会話の軌道修正が上手なのかなと。

また例えば僕が単語が出てこないとき、僕が何かを思い出そうとしているとき、特に言葉を挟まずにじっと待っていたりします。

「ああ、こいつは今単語を思い出そうとしているんだな。」

みたいなことを察してるんでしょうね。

母国語のようにスムーズに話せないシチュエーションを多く経験すると、相手が何を理解していて何を分かっていないか?日々この壁とのたたかいなのかなと想像します。

日本人が外国人と、日本語で話すときも然り。

同じように日本語に慣れない外国人と日本語で話すようなシチューエーションでは、相手の視点に立つことが大事だと思います。

例えば日本語を学んでいる途中のバングラ友達は、新しく覚えた日本語を使ってコミュニケーションをしてくることがあります。

日本語を勉強途中の彼らの日本語は、語順や発音などどこかおかしいところはたくさんあります。

このときに相手側を想像して、どこまでのことを理解していて、何を勉強して、何を言おうとしてるか?

考えるようにしています。

とはいっても相手の視点に立つことはできないので、同じ視点に立とうする姿勢が何より大事なのかもしれませんね。

当たり前に言語でコミュニケーションができないとき。例えば外国人と認知症の人はコミュニケーションするとき同じ感覚で、想像力を働かせます。

これは普段のコミュニケーションでもいい訓練になるかもしれません。

例えば誰かがなにかを話しているとき

「この人はどういう背景で育って、ーーな経験をしてるから、世界をーーなふうにみていて、ーーなことを言っているのかなー?」

とか。

そこまで考えられないことも多いですが、外国人や認知症など違う感性を持ってる人とコミュニケーションを取ることは面白いですね。

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