どーも、冨安です。
初めてのベンガル語②【おはよう、こんにちは、こんばんはの覚え方】
棚田再生にアジアの農業研究者 岡山・美作で受け入れへ(1/2ページ) – 産経ニュース
最近バングラデシュから上山に5人の農業専門の方が来られました。
彼らはバングラデシュと全く異なる日本におり、僕らは異なる文化の彼らと一緒に暮らしていきます。
今回バングラデシュから来ているメンバーはバングラデシュのなかでも優秀な方々。僕は夜くらいしか一緒にいませんが、日本語を習得する貪欲さや文化を学ぶ姿勢などは学ぶべきことが多々あります。
上山地区としても外国人の受け入れは初めてですし、僕も外国人と何かを一緒に日本ですることは初めてです。
日本にはない彼らとの空間。
彼らは僕の真向かいに住んでいまして、僕はちょくちょく遊びにいきます。
いつでもウェルカムで出迎えてくれますし、バングラデシュ人が5人いる空間は当然ながら日本にはない雰囲気になります。
食事の仕方、空き時間の過ごし方、繋がり方などなど。
例えばお米を炊くときに炊飯器は使わずに、火で炊くとか。誰か友人や家族とオンラインで話してることが多いとか。
宗教の関連で豚肉を食べれないなどルールとして、日本人が当たり前にできても彼らにはできないこともあります。
日本にいると日本の文化が当たり前のものとして疑問を持つことがありません。
でも異なる考え方や習慣を持つ人と一緒にいることは、当たり前のことに疑問を持ち多様なことを知る機会になります。
なんで生きづらさがうまれるか?
日本でなんか生きづらさを感じる人はたくさんいると思います。
生きづらさって何なんだろうなー?
とよく考えるのですが、これは1つの価値観に従わなければならない気がするから。なのかと思いました。
例えば年功序列で終身雇用の働き方がこれまでの日本の常識。ですがもしこの働き方しか選ぶことができず、そのなかでしか生きることができないとしたら?
その枠組に適合できない人にはとてもしんどい。
と就職活動を途中で辞めて、今なお就職していない僕は思います。
働き方、食生活、ジェンダー、お金への考え方、宗教など、全て当てはまることで、どれも1つの枠組みにはまらなければならないとしんどいことも出てきます。
こうあるべきだ、という1つの枠組みのなかにいることが生きづらさの1つ要因でその他の考え方や価値観を知っていることが大事なんだと思います。
さらに1つのコミュニティーで働き方、ジェンダー、障害などを相互に理解できて受け入れることができたら。そんなコミュニティーは生きやすいんじゃないかなーと思いますし、理想的で目指したいものです。
自分も知らないうちに他人と隔たりを勝手に作ってしまうことが多いのですが、社会にも見えない隔たりがたくさんありますよね。
例えば介護施設で働いていたら介護施設と外側の社会には隔たりがあります。障害者と健常者にあいだに。田舎なら移住者と原住民のあいだに隔たりがあるかもしれません。
介護施設での認知症、異国のバングラデシュ人など、最近はこれまで全く接することのなかったタイプの人と接することがボチボチありました。
これまで知らなかった世界を知り、自分とは違う目線で世界を見ている人のことを少しでも考えることができたらなーと思います。