戦争論。どうすれば戦争はなくなるのか?

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どーも、冨安です。

先日、新しく安全保障関連法案が 決定して、自衛隊の役割が大きく変わったことが話題になっていました。

僕自身何だかよく分からないままに、ちゃんと内容も理解しないまま今に至ります。

この法案が可決した日のFacebookのウォールに、

すごく感情を煽るような写真やデモの様子などの情報

一方で、テレビのバラエティ番組的な面白動画みたいな情報サイトの情報

そんな2極端な情報に溢れていました。

中間の現実的な話が少ない気がして、こうした難しいテーマを議論するための土台が、日本ってない国なのかなと感じました。

とっつきづらいけど、しっかりと考えないといけないことだと思いますので、自分なりに整理して考えてみます。

戦争はなんのためにやるの?

集団的自衛権の行使を容認する、ということは規模の大なり小なり武力での戦闘も行われること。

でもそもそも、なんで戦争などやらなければならないのでしょうか?

このマンガを以前読んだので少し紹介します。

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戦争は、何かを達成するための1つの手段でしかないということです。

食料を獲得すること、水を獲得すること、エネルギーを獲得することが目的かもしれません。

 

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あまり法案の細かい内容は把握していないのですが・・。

集団的自衛権を行使できる、ということは

集団的自衛権を行使して、達成したい何かがあるということ。

長期的に北朝鮮に攻めたいような考え方でもない限り、日本に植民地を増やしたい考え方はないはずです。

ということは基本的に、武力を使うのは国防のためです。

第1次世界大戦前後の状況に、よく似ている今の世界。

こちらの本では、現代は第1次世界大戦の時の状況によく似ていると述べています。

アメリカが覇権国家としての威厳を失い、均衡はなくなり世界各国で小競り合いが起きています。

日本を含めた東アジアもそうですよね。

ではこうした現代の状況と、第1次世界大戦の時の状況はどのように似ているのでしょうか?

  • 一八七三年に欧米がかつてない大不況に見舞われ、イギリス経済も大打撃を受けました。倒産や失業も拡大します。この七三年に始まる大不況は、小さな恐慌を繰り返しながら九六年まで続きます。  不況ですから、モノが売れません。同時にこの時期は、重化学工業が勃興する第二次産業革命の時代と重なりますから、レーニンが分析したように生産と資本の集中が進み、独占資本主義になっていきます。  
  • すると、どうなるか。巨大企業は国家と結びついて、海外市場や植民地を拡大しようとします。

国家は行き詰まったら、海外に活路を求めます。

金、人、エネルギー、食料、求めるものは多様だと思います。

第1次世界大戦の時は、植民地を求めました。

だけど現在は、求めるものが植民地ではなくなってきています。

  • 一九世紀末から二〇世紀初頭まで、欧米の帝国主義列強は軍備拡大を競い、植民地を求めて抗争を繰り返しました。その結果が第一次世界大戦です。  これに対して、二一世紀の帝国主義は植民地を求めません。それは人類が文明的になったからではなく、単に植民地を維持するコストが高まったからです。
  • 新・帝国主義は全面戦争も避ける傾向を持つ。全面戦争によって、共倒れになることを恐れるからです。植民地を持たず、全面戦争を避けようとするのが、新・帝国主義の特徴です。
  • しかし、新・帝国主義になっても、外部からの搾取と収奪により生き残りを図るという帝国主義の本質や行動様式は変わりません

今の世の中は、武力での戦争でなくとも、経済的な戦争状態にあります。

武力で抑えられていなくても、実質は経済的に支配されているような、主従関係にある国は多いのではないでしょうか。

日本人が先進国で豊かな暮らしをしているのも、途上国などの犠牲があり成り立っているかもしれません。

もしかしたら日本人の暮らしが、他国の貧困を生み出して、戦争の原因になっているような側面もあるかもしれません。

と考えた時に、今回の法案可決されるにあたり、

当然ながら戦争反対の多くの声がありますが、一方で戦争反対している人たちが世界のどこかの戦争の原因もつくっている可能性があります。

だから僕は自分も戦争の原因になっている可能性があるのに、都合のいい時だけ戦争反対とか言うのに疑問を感じます。

一国平和主義、という考え方ってどうなんでしょうか?

日本だけ、自分の周りだけ誰も傷つかないって自己中心な都合のいい話だと思います。

日本の見てくれの豊かで平和な暮らしが戦争の原因となり、世界のどこかで戦争や悲劇が起きているかもしれません。

公共事業としての戦争。

戦争をしたいのは、戦争で儲かる人たちくらいで、一般人が関わりたくないのは当然。

コンクリート経済が行き詰まってきた、次の政策として例えば公共事業としての戦争、

という考え方を現在の政権が持っていたとしたら日本でも軍需産業は潤います。

こうした軍需産業に関わる企業は、マスメディアや政治家のスポンサーになっていて

特定企業、マスメディア、政治家で相互に儲かる仕組みがあり、

それで国民の声を代弁する立場にある方々も機能してないのではないでしょうか?

それで、まともに考えたり話しあったりする機会が生まれないのかなと思います。

アメリカで第二次世界大戦後、本格的な恐慌が起きていなのはなぜか。それはアメリカの公共事業に戦争が組み入れられているからです。朝鮮戦争、ベトナム戦争はアメリカの公共事業であり、それに協力した日本も、すくなくともバブル崩壊以前は恐慌に近い不況を経験していません。

今、世界中で小競り合いが起きている理由が見えてくる気がしますね。

ナショナリズムと民族自立と。

今後、財政が悪化とともに格差や貧困が広がり個人が孤立化していき、不安や不満がましていけば、その矛先は海外に向くのかもしれません。

簡単に戦争に向かっちゃうような流れが出来上がる可能性もあり、

一方で、今までにない独立した民族が生まれる可能性もあると述べています。

日本はどの方向に進むんでしょうね?

国、ていう考え方はなくなって、もっと小さな地域単位で独立していくのかなあ。

  • 帝国主義の時代には、資本主義がグローバル化していくため、国内では貧困や格差拡大という現象が現れます。富や権力の偏在がもたらす社会不安や精神の空洞化は、社会的な紐帯を解体し、砂粒のような個人の孤立化をもたらします。そこで国家は、ナショナリズムによって人びとの統合を図ることになります。
  • それと同時に、帝国内の少数民族は、程度の差こそあれ民族自立へと動き出します。
  • 上からの公定ナショナリズムや排外主義的なナショナリズムで人々が動員される一方、ハプスブルク帝国のなかでチェコ民族が覚醒したように、現代ではスコットランドや沖縄がエトニの発見にもとづいて、自身の民族性を認識するようになってきました。
  • 帝国主義の時代には、現在の国民よりもっと下位のネイション、つまりもっと小さな民族に主権を持たせることで危機を乗り越えようという動きが出てくるのです。

最後に。

論理も破綻してますが、何となく思ったことをダラダラと書きました。

戦争なんて、戦争で儲かる人間以外は誰もしたくないのが当たり前で、

ただ極めて大きな外交の話なんて、一般人が知らないグレーな所で勝手に決まるものだと思います。

安部総理に文句を言うのは簡単なのですが、文句をいっても何か始まるわけではないので

どうやったら戦争なしでやっていける世の中をつくっていくか。

自分でできることを考えて実践することの方が、現実的で大事なのかなと思います。

それこそ、自分の町をどうしていくか?

みたいな小さなことの積み重ねしかないんじゃないでしょうか。

後は、選挙でしょうか。

特に結論もない感じですが・・。

こうして書いてみると、

普段自分が何も考えてないんだなあ、

また日本では考えたり、話しあったりする場がないんだなと思いました。

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