どーも、冨安です。
人生生きていれば、色んな事が起こりますが、その中でも「仕事」というのは人生で切っても切り離すことができないテーマです。
僕は27歳なのですが、同世代を見てると新卒で入社した会社から転職をしている人も結構います。
自身も今年の3月一杯で1年しか務めてませんが、公務員を辞めました。
それで1年間、働いて辞めた直後、ふわっと何もやることがなくなった時に1番感じたのが
居場所なくなった感でした。
あー、俺もう行かなくてもいいんだなー。
特に必要とされなくなるんだなー。
みたいなことを思いました。
仕事があることは居場所があること
辞めてみて仕事があるっていうことは、居場所があるってことなんだなーと思いました。
人生において、最も長い時間を過ごす居場所。
忙しいだ、大変だ、なんだと言いながらも職場という居場所があり、必要とされることは何よりのメンタルヘルスなのかもしれません。
仕事を辞めてから、そんな居場所なくなった感を切に感じました。
3日間くらい(笑)
感傷に浸っている場合じゃなく、今後どうやって生きていくか?
組織に属していない自分としては、新しい居場所を今度は、自分でつくっていかなければなりません。
仕事をつくるプロセスは、居場所をつくるプロセス
仕事って居場所という観点から見たら、また見方変わりますよね。
今、公務員を辞めて、夕張という新しい土地に来て、個人で仕事を何とかしていこうっていうプロセスは、居場所をつくっていくプロセスと同じなのかなーと思います。
仕事で居場所をつくっていく、というのは難しいですね。
切り開いている方々がすごいなあと思います。
仕事、という居場所がないとしたら!?
居場所って仕事に限らず、家族や趣味など色んな居場所があります。
もし仕事、という居場所がないとしたらどうなるのかなあ?
と思います。
何か趣味をつくったりして、居場所を見つけていくんだろうなあ。
いい居場所がなかったら、パチスロが居場所になったりしていく。
パチスロって、荒んでいるといい居場所になりますよね笑
でもそれだと満たされないわけで、根本的に仕事や家族の中に居場所がなければならない。
書いていて、思ったのですが地方の町って仕事でなくても、
地域の中で子どもからじーちゃん、ばーちゃんまで役割があって居場所がありますよね。
必ずしも仕事でなくても、役割があって、居場所がある。
地方の町のいい部分だと感じます。
それが足枷にもなったりするけど・・。
結論:何が言いたいかよく分からなくなった感じですが!
組織に属していないと、職場という居場所があることは素晴らしいことだったんだなと思います。
ただ僕は人生を振り返っても、単独行動が多い人間で、組織に属していなくても問題ない気もします。
友達がいないだけの可能性もあるのですが笑
居場所って何なんでしょうね?
そして来年の今頃、僕の居場所はどこにあるのでしょうね?
良くも悪くも予想は全くつかないことをしていそうです。
大学卒業してから北海道を転々とするなど、自分で想定外な人生歩んでいるのでそう思います。