オススメの本

笑えない1冊だった。壮絶なアトピー女性の闘病記「アトピーの女王」

どーも、冨安です。

今日のAmazonのKindleセールの本がこちらの

アトピーの女王

という本でした。

僕も小さい時から今に至るまでアトピーなわけで、下記のようなことも考えてみたりしています。

気がつけば、脱ステロイド。北海道に来たらアトピーがなおった!? – とみやすブログ

で、今回セールだった「アトピーの女王」という本。

学校時代、仕事、恋愛、家族との軋轢、脱ステロイドのジレンマなどなど・・生まれた時から、人生をアトピーに振り回されてきた女性の闘病記です。

重度のアトピーを抱え、ありとあらゆることに、ジレンマを抱えながら生きてきた女性の様子や心理をユーモアを混じえながら、伝えてくれている1冊。

すごいユーモアを交えていて、いいんですけど

大なり小なり似たような経験をした人間からすると、見るに耐えないというか・・。

皮膚という外見に現れるアトピーという病気は、特に女性が患うと本当に辛いだろうなと思います。

アトピー女王のジレンマ

著者の方が経験したアトピーによる、記憶や経験がすごく情景が思い浮かぶかのように記載されています。

アトピーを経験した人なら理解できることで、そうでない人にはよく分からないものなのかなと思います。

アトピーとの付き合いは一歳のときからはじまった。  以後二七年間、この病気と付き合っている。私の人生はアトピーに振り回されてきたといってもいい過ぎじゃない。それどころかアトピーは、私の人格形成にさえ大きな影響を与えてきた。何を大袈裟な、と思われるかもしれないが、それこそがアトピーという謎の疾患のなせる技なのだ。アトピーじゃなかったら性格も違っただろう。人生も全然変わっていただろう。いつも漠然とそんなことを思い、そして落ち込んでしまう。アトピーのせいで失ったものは、どうしたって取り返せない

母親はいつもアトピーの情報を集めていた。そして何か良さそうなことがあればすぐに実行した。何かせずにはいられないみたいだった。母親もまた、私たちをアトピーに産んだことに罪悪感を感じていたのだ。私が痛がったり痒がったりして泣くと、母親は「ごめんね」といってよく泣いた。  私たちは怒りをぶつける場所もなく、お互い罪悪感ばかり感じていた。

 

私の母もそうだったように、アトピーの子供を持った母親の苦労は並大抵じゃない。日々の生活の隅々まで気を配るだけじゃなく、アトピーの子供を産んだために姑などから「お前の血が悪いからだ」と散々イビられるなど、あまりにも辛い現実がそこには横たわっている。

今の時代だったら、もしかしたら子供のアトピーは増えているのかもしれません。

何しろ、そういう時に大変なのは、子供もですが親御さんで、

特に子供が小さければ、小さいほど見てられない気持ちになるだろうなと思います。

イジメや女性ならではの悩み

アトピーをめぐる状況は深刻ではなかったものの、アトピーをめぐるイジメの問題は、それはそれは深刻だった。要はとてもイジメられていたのである。  だいたい私はビジュアル的にマズかった。両手に包帯をぐるぐる巻いたうえ、顔からはいつも粉をふき、ウツロな目で常にどこかをボリボリ掻いている、というちょっとアレな子供だったのだ

イジメとまではいかないまでも、アトピーに対する小さな差別心みたいなものはずっと感じていた

アトピーとイジメは私にとっては切っても切り離せないものだ。実際、アトピーが原因でからかわれたり、イジメに遭うケースは小学校から高校まで非常に多く、不登校になる子供もいる。

アトピー患者にとって、恋愛にまつわる悩みはつきないものだ。私もやはり、恋愛では相当に悩んだ。  まず、アトピーがいいときは積極的になれるものの、アトピーがひどいときには外にすら出たくない。おのずとその日によって性格、キャラが全然変わってしまう

私はアトピーの人々にセックスにまつわる疑問をぶつけてみたのだが、やはりそこには重く暗く深い問題が横たわっているのであった

特に女性のアトピーは、つらいだろうなと思うし

アトピーのない人が、アトピーの人の立場を理解するようなことは、難しいことだと思います。

この辺りは、周囲の人たちにどんな人がいるか?

で随分変わってくるんでしょうね。

制限される仕事

アトピーは、ただの皮膚の病気だと思われますが、重度になると社会に出ていられなくなる

それは僕も瀕死状態を経験したことがあるので、わかります。

私は別に傷つかなかった。就職も限られ、結婚もできずに一人で生きていくのだと漠然と思っていた。だから私は勉強ができないと終わりだ、そう思って、必死に勉強していたのだ。クラスメイトたちが結婚や恋愛について話しているのをこっそり聞いては、鼻で笑った。そんな浮かれたことをいう人たちを徹底的にバカにしていた。バカにすることでしか、私はいろんなものを保てなかった

大人になると、誰もがブチあたらねばならない壁がある。  それは「仕事」だ。恋愛やセックスなんかはしなくても生きていけるが、働いて稼がないと食べていけない

「アトピーは職種が限られる」という言葉の意味を、私が実感として初めて理解したのは二〇歳前後の頃だった

いろいろなバイトをしたが、よくクビになったものだ。その中のどこまでがアトピーが原因かはわからないが、埃っぽい場所だとアトピーのみならずアレルギー性鼻炎も悪化し、毎日掃除をしなくてはならない職場だとアトピーが悪化し、乾燥している場所だと手がバリバリとひび割れ、汗をかくと痒くてたまらない、という状態だったので、私は非常に使えない女だった

中には働くことはおろか、外にさえ出られない人たちもいる。あるアトピー患者からもらったメールには、「アトピーがひどく、入退院を繰り返している自分は親が死んだらホームレスになるしかないのだろうか?」と書いてあった。この質問に対する答えを、私は「生活保護」くらいしか思い付かない

現在の僕のように、日常生活に支障がないレベルのアトピーなら問題ないのですが

症状が重度になってくると、できない仕事も増えてきます。

やはり外にでて人と交わる仕事はつらい。

僕も瀕死状態な時がありまして、その状態を考えると

世間大多数の人同じように社会に出ることは無理だなと思います。

今なら、パソコン1台あれば稼げる時代だからインターネットの発達は

アトピーの人にも追い風かもしれないですね。

いずれにしても、女性だったら

偶然にもアトピーがあるか、ないか、

によって例えば接客業とか、活躍できるかできないか?

決まったりすると思います。

接客されるなら基本的に、きれいな人の方がいいに決まってますからね。

アトピーというだけでマイナススタートになってしまうという。

アトピーと仕事。

特に女性には重い問題だろうなと思います。

世の中は生まれながらに不平等。

「アトピーの女王」

読んでいて、世の中は不平等だなと思いました。

偶然にも、健康にかわいい顔してチヤホヤされる女性もいれば

偶然にも、著者のようにアトピーのような病気を患いジレンマを抱えながらいきる女性もいる。

別に女性に限らず、男性でも同じですが。

「努力すれば、夢はかなう!」

みたいな言葉って本当にキレイ事だなと思います。

例えば偶然にもアトピーを抱えて生まれたがために、

健常者とは違う人生を歩むことになった著者みたいな方もいるかもしれません。

例えば偶然にも、

日本みたいな平和な国に生まれた子供もいれば

戦争や争いの絶えない国に生まれる子供もいるかもしれません。

本当に不平等な世界に生きているよなあと思います。

話はずれましたが、アトピーに関してはいつどんだけ悪化するか、みたいなことが分からないので

いつ自分も社会不適合者になるか、危機感を感じながら生きております。

今回紹介しました「アトピーの女王」

アトピーの人であれば、気持ちや状況など共感しながら読み進めることができると思うし

アトピーでない方であれば、アトピーの人間の立場が少しでも理解できる内容なので、是非読んでみてもらいたい1冊です。

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結局お金稼げなかったら、「まちづくり」も「地域おこし」もくそもないと思う。木下斉「稼ぐまちが地方を変える」

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どーも、冨安です。

本日は、高校生の頃から商店街の活性化プロジェクトに取り組み、現在も各地でまちづくりに携わる著者の木下さんによる

「稼ぐまちが地方を変える」という本を紹介します。

まちづくりや地域活性化、というテーマで何よりも現場での実践に重きをおいている方。

Twitterや著書やコラムも含め、関連テーマで記事に目を通したことのある方は多いと思います。

エリア・イノベーション・アライアンス [ AIA ] 自立するまちづくり支援サイト

上記のようなサイトも運営されていて、僕もこちらのメルマガは去年から購読しています。

木下さんの特徴は、常識とされている地域活性化の取り組みや組織の在り方、考え方をズバズバ否定していることです。

ですので痛いところを突かれて、直視したくない人、言われることが不都合な人もたくさんいると思います。

例えば、

なぜ道の駅は儲からなくても店を出せるのか | 地方創生のリアル | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト

ゆるキャラは、地方創生に役立っているのか | 地方創生のリアル | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト

なぜ地方は厳しい現実を直視できないのか | 地方創生のリアル | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト

地方を滅ぼす「名ばかりコンサルタント」 | 地方創生のリアル | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト

このように・・。

自分に言われてる気がする発言もたくさんありますが、好きです。

どれも現実的に、正面から自分たちで考えないといけないことばかりだと思いますから。

稼ぐまちが地方を変える―誰も言わなかった10の鉄則 (NHK出版新書 460)

本書では従来のまちづくりの問題点から始まり、

現場での実践してきた事例や経験を踏まえて

では実際に現場でどうすればいいのか?

これからの公民連携したまちづくり、

について現場からの経験や知見が伝えられています。

では紹介いたします!

何かおかしい、今までのまちづくり、地域おこし?

木下さんは、もともと学生時代に早稲田商店会の活動から、まちづくりに携わっていて、

早稲田商店会の活動は、革新的な事業としても注目されるようになりましたが、補助金をきっかけに事業の方向性が変わってきてしまった経験を持たれています。

  • 早稲田商店会の取り組みはこれまでは低予算ながら知恵を出し合い、自力と企業の協力だけで運営してきました。「民間主導・行政参加」を掛け声とし、その独立性にこそ高い評価があり、だからこそ人も集まっていたのです。
  • そこにいきなり、国から数千万円の補助金が付くことになった。
  • これによって、メンバーの考え方が一気に変わりました。まず、従来にはなかった「予算をもとに何ができるか」という議論がなされるようになり、それを執行するための業務を誰が担うのかという話になっていきました.。
  • 結局、お金がなかった時のほうが、知恵が出て楽しかった。「金がないから知恵が出る。金が出たら知恵が引っ込む」といっていた私たち張本人が、自らドツボにはまったわけです。

補助金を持ってきて事業を行うことに、常々警鐘をならす木下さんですが、自身も補助金で手痛い経験をし、

脱力と脱毛の日々も過ごされたらしい・・。

僕自身も身近なところでは、補助金があるからやる、っていう発想で始まるもので、

上手くいってるものを見たことがありません。

何かをやるために、資金が必要だから補助金を!

なら分かるのですが

こういう補助金のメニューがあるから、このメニューに沿って何をやれるか考えよう!

という感じで始まるから自腹切るわけじゃなく、やる方も本気じゃないし、やることが目的になりがちで。

もはや何をやるかより、補助金を獲得することが目的になっている団体や人も目の当たりにして、依存症みたいでこわいな、と感じました。

だから目的や使い方にもよりますが、補助金に頼る前に

自分でどうするか、何とか出来ないか?

知恵を振り絞り実践を積み重ねていきたいですね。

金がない方が知恵が出る、というのは実感としてあります。

補助金じゃないけど。最初から予算がありきの立場にいた自分。

今、夕張市にいてフリーランスというかどこにも属していない、よく分からない立ち位置ですが。

僕は、地域おこし協力隊→公務員

という行政の立場を少しですが経験しました。

補助金ではないですが、行政は最初から

「予算」

があり、「予算」ありきで何をやるかが決定する部分もあったので

補助金の構造に似ていると感じました。

利益や利率も考える必要がなく、さらに自分で稼がなくても税金で収入が入ってくる。

事業が上手くいっても、いかなくても収入は変わらない。

そうした立場だと、今まで通りのことをやるだけでいいので、危機感がなくなり、

僕の場合は惰性的に過ごしてしまうだけ、だと発見しました。

僕の場合は、ですね。

平日は何となくやり過ごして、土日はパチスロみたいな感じで超惰性でした。

とみやす、アウトー!

て自分で思って公務員辞めました。

でもだからこそ、公務員として己で道を切り開けるような方を本当にすごいと思います。

なぜ、まちは変わらないのか?

従来的なやり方で、行き詰まっているのに、なぜまちは変わらないのか?

本書から気になった部分を。

  • 甘い見通し、無責任体質、他力本願、独善的な発想などは、まちづくりだけでなく、日本の多くの組織で見られる現象であるとも思います。何より、これらの問題に加えて「まちづくり」の場合には、行政、そして補助金や委託事業などといったような税金の影がチラつきます。
  • まちづくりは税金でやってもらうのが当たり前、と考えている市民がいまだ圧倒的。財政のことなど全く考えもせず、好き勝手に「あれをやれ」「これが欲しい」と意見だけは行政に言う。
  • それが叶わないとなると、今度は「お役所仕事」「市長はアホだ」と批判する。あるいは批判を避けたい役所の側も、公共事業を業者に丸投げしてその場をしのぐ。  これが本当に正しい〝まちをよくしていく〟プロセスなのでしょうか。日本はある意味で恵まれすぎてしまって、何でも行政がやってくれた時代が続いたことで、自分たちで出来ることさえも税金でやってもらおうとしているようにも思えます。
  • 「ではみなさん、自分のまちのためにいくら投資しますか」と問いかけると、今度は一様に下を向いて黙ってしまう。要するに、自身の問題として捉えていないということです。
  • 地域外から来た私のような人間を、好き勝手を言う評論家だと言う人もいますが、そんなことはありません。地元で生まれ育っていても、〝評論家〟は山ほどいます。地域の衰退と自分の問題とは別問題、と捉えてしまっている。
  • 動き出さないまちの人たちに共通しているのは、「自分たちのまちは他とは違う」という、特別な意識を持っていることです。

まちづくりの限らず、何でも日本に当てはまるかもしれませんが、当事者意識が問題なんでしょうか。

 地域で稼ぐ、という考え方と不動産の関係。

そして、現在のまちに必要なのは経済で、そのために不動産オーナーがまち全体で資産価値を上げていくことの重要性を説いています。

  • まちの再生に必要なのは「経済」です。行政が税金の再分配で補塡するのではなく、「まち全体を見据えて、いかに稼ぐか」が重要なテーマなのです。よく「あたたかいまち」「心が通い合うまち」といったフレーズを聞くことがありますが、これらは全て無責任な〝きれいごと〟です。稼げなければ、衰退するしかない。これは歴史が証明しています。
  • 資産価値を上げるためには、自分の不動産だけをよくしても限界があります。自分の物件がどれだけ立派でも隣の家屋がゴミ屋敷であれば誰も入居したいとは思わないでしょう。周辺の治安が悪かったり、路面が汚れていても価値は下落します。
  • これは都市中心部だろうと、観光地だろうと、農地だろうと、山だろうと同じだと思います。それぞれその土地に紐付く資産を持つ人たちがまずはリスクをとらなくては、一体、誰に何が出来るのでしょうか。
  • 私たちがこだわっているのは、「まちとしての生産性を上げること」。言い換えるなら、まち全体を一つの会社に見立てた時に、その利益率を高めることです。少ない資源でより多くの利益が生み出されるようにし、その利益をより効率的なものに再投資していく。

個々が魅力的な商売をすることも大事ですが、エリア全体で資産価値を上げていくことの重要性について、でした。

例えば、僕が最近いった場所だと支笏湖はエリア全体で魅力を高めるような取り組みもしていて、すごく魅力的な場所でした。

病んだらここに行きます!日本1きれいな湖、支笏湖がめっちゃ良かった。

逆に考えてみて、廃墟みたいな建物がいっぱいあるエリアに、1軒立派なホテルがあっても違和感があって、結果としてホテルの魅力も引き出されませんよね。

周りがリゾート!て感じじゃない中にある、夕張のマウントレースイなどすごい違和感を感じたりします。

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「活性化」という曖昧なキーワードで終わらせることなく利益、利率にこだわること。

「地域活性化」「まちづくり」とても曖昧なキーワードで、お金をかけてやっても曖昧なまま何となく終わることも多いと思います。

そこで、利益や利率をしっかり考えていく重要性について触れています。

  • 従来、各所で行われてきた「地域活性化」の事業は、まず目標自体が「活性化」という曖昧な表現であることから分かるように、実効性はほとんどありません。せいぜいイベントを開いて「何人集まった」「いくら売れた」と一喜一憂するだけ。
  • ここに足りないのは、事業の粗利を意識し、コストを適切に絞り、利益にフォーカスしようという概念です。
  • 一軒単位の店で考えた場合でも、利益率は極めて重要です。前述の「TANEYA」でテナントを探していたとき、私たちは従来型の小売業を営んでいるお店を意図的にターゲットから除外しました。
  • その前提で選んだ結果が、カフェであり、英会話教室とヨガ教室だったのです。いずれにも共通しているのは、モノやコンテンツを自らつくって売っていること、つまり「製造小売型」であるということです。それぞれの売上は小さくても、粗利は五〇%以上になるものです。
  • たとえ小さな取り組みであっても、市場とまっすぐ向き合って稼ぎ、次なる事業に再投資して、利益を地域に還元していくことが大切なのです

利率の高いことをすること、

また何が売れるか、見極めるような、本ブログでも紹介した「マーケット感覚」みたいなものも大事で、

何が売れるか分析して、具体的に稼ぐためのステップを1つづつ乗り越えていくのがやるべきことなのかと思います。

組織と市場、どっちに評価されたい?ちきりん「マーケット感覚を身につけよう」

変化の激しい時代に必要な、公民の連携と役割分担。

著者は現在、「公民連携」に力を入れていて、自身も関わった事例として岩手県紫波町の「オガールプロジェクト」を紹介しています。

行政と民間がいかに協力しあっていくか?

というテーマで、紫波町では

行政と民間の役割分担を分けるための仕組みもつくって、プロジェクトが進行しています。

お金を稼ぐのは民間。

規制や制度などへ民間がやりやすい体制をつくるのは行政。といったすみ分けが行われているそう。

  • 私は最近、「公民連携(Public Private Partnership)」事業に力を入れています。  私たちが考える公民連携は、「いかに行政からのお金を引っ張るか」ではありません。発想を逆転し、「いかに行政にお金を支払えるか」という視点に立って、稼ぎ出す仕組みをつくり、縮小する社会でも「官」と「民」で共に「公共」を守っていくという新たな構想を持っています。
  • オガールプロジェクトの最大の特徴は、役所、図書館などの公共施設と、産直市場やフットボールセンターなどの民間施設を一体的に、民間が自主資金で開発、運営していることにあります。
  • 行政が計画を立て、開発をし、運営を外注するという従来の方式とは全く異なり、民間がリスクを負って投資家や金融機関から投融資を集め、テナントを集めて経営しているのです。
  • この仕組みによって、紫波町役場は町有地を民間に貸し出し、家賃収入を得ることが出来ています。
  • 事業用定期借地権として民間が借り受け、計画から開発、管理運営までを一貫して「オガールプラザ株式会社」が行っています。開発に必要な資金は、有志の出資と地銀からの融資で賄いました。税金は一銭も使っていません。
  • 例えば役所が施設を開発する際には、まずはその建て方を決める「仕様」を、役所がコンサルタント業者に外注してつくらせます。その際、大抵は地元の様々な意見が盛り込まれて、結果的に地域の実情に合わないような豪華仕様になってしまう。
  • しかし自立した民間がリスクを負い、さらに現代に即した、身の丈に合ったやり方で開発を担えば、このような問題は解消します。
  • 民間の知恵と力を最大限まちづくりに活かすには、行政と民間が緊張感を保ちつつ、緊密に連携する必要があります。  先のオガールプロジェクト発足に際し、紫波町は「公民連携室」という専門の部署を設置し、公民連携基本計画の策定、都市計画決定の変更など、民間が事業を円滑に進めるための業務をどんどん実行しています。
  • お金については民間が自立して取り組みながら、規制緩和や制度変更、民主的な進め方については、政治・行政が担っていくという、公民連携における理想的な役割分担がなされたからこそ、オガールプロジェクトが実現したといえます。

お互いに得意分野を活かして、協力しあっていくことが求められるのかもしれませんね。

結局のところ、稼がなければ話にならない。

僕自身も地域おこし協力隊や公務員を経験しました。

まちづくりだーとか、地域おこしだーとか、

って結局、稼がなければ話にならないとやって思いました。

綺麗事なしに、稼がないと何も出来ないですからね。

稼げることが基本にあって、はじめてそれ以外の色んな活動に時間もお金も投資できます。

個人ベースだけでなく、もっと大きな地域ベースでも、右肩下がりの時代なので「稼ぐ」という発想が必須なのだと思います。

福祉や医療など稼ぐ、とは違う分野もあったり

個人レベル、地域レベル、など規模感の違いで考え方ややり方も異なってくると思いますが。

地域おこし協力隊、公務員を1年間やって、

特に僕がサボってきたことは

・自分で利益を上げて稼ぐこと

・リスクを負うこと

でして、結局何となく収入があると駄目なんですね。

危機感がなくなるから。

それで自分で何とかする以外に道がない、フリーランスでいこう!

と思って、3月で公務員は辞めて。

自分が実績をあげなければ、淘汰されるだけですし

実績上げていけば、生き残っていくことができます。

僕自身、「自分で稼ぐ」という当たり前のことに、ようやく向き合い始めたのかもしれません。

まだ全然クラウドソーシングなどWEBだけでも食っていけないので、バイトもしながらですが健全かなと思います。

地域おこしとか地域活性化は、個人が経済的に自立した先にあるのかなと思う。

まず今の自分であれば経済的に自立することが目標で、それが何よりまちづくりとかに繋がると思います。

出来なければ、それまでの話ですね。

メルマガも読んでいるので、木下さんの考え方には刺激されていて、僕も自分で実践していくことが全てだと思います。

さて、綺麗事なしで、終始ドライで論理的な考え方の

「稼ぐまちが地方をかえる」

ブログでは紹介しませんでしたが、10の鉄則では以下のことが詳細に書いてあります。

鉄則① 小さく始めよ
鉄則② 補助金を当てにするな
鉄則③ 「一蓮托生」のパートナーを見つけよう
鉄則④ 「全員の合意」は必要ない
鉄則⑤ 「先回り営業」で確実に回収
鉄則⑥ 「利益率」にとことんこだわれ
鉄則⑦ 「稼ぎ」を流出させるな
鉄則⑧ 「撤退ライン」は最初に決めておけ
鉄則⑨ 最初から専従者を雇うな
鉄則⑩ 「お金」のルールは厳格に

最近たるんでるなと思っている方は是非どうぞ(笑)

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21世紀の自由論。生存は保証されない自由、生存は保証される不自由。どっちがいいです??

どーも、冨安です。

今まで、あまり思想、政治や歴史の話は興味がなくて、そういう類の本もそこまで読んだことがありませんでした。

ただ去年くらいから世界史に興味を持ち始めまして、歴史って面白いな!

と発見しました!

ただどうにも思想的な話は、全く分からなかったんですよね。

リベラルとか保守派とか右とか左とか、政治的な話は苦手です。

小難しくて。

ただ最近、適当に読んでいた本が自分の中で、色々とリンクしてきて、少しは分かるようになってきた気がします!

21世紀の自由論―「優しいリアリズム」の時代へ (NHK出版新書 459)

上記の本は、ジャーナリストの佐々木俊尚さんの「21世紀の自由論」という本。

本書は例えば、格差、原発の問題、憲法改正の問題などの現在の社会が抱えている問題に対して

どんな立ち位置の人が、どんな考え方をしているのか?

さらにそれぞれの立場にどんな問題があり、

ではどうやって諸問題を乗り越えて、これからの社会をつくっていこうか?

というテーマです。

これだけ読んでも、いまいち頭に入ってこなかったと思うのですが、

(日本人)

世界史の極意 (NHK出版新書 451)

以前、読んでいた上記2冊に共通するものがあり、

難しい政治の話も、自分の中で何も分からない状態からは、少し腑に落ちてきました。

こういうテーマって、日本人は自分の考え方を言わない、または話し合ったりしない、

空気感があるような気がしまして、僕もこういうテーマを同世代とかと話すことはほとんどないです。

例えば、政治的な話などで自分の考え方を皆さまはお持ちでしょうか?

僕は「よく分からない」で誤魔化してた類の人間ですねー。

たまにはしっかり考えて、アウトプットしてみようと思います。

信じれる「大きな物語」がない今の日本。

グローバル化している現在の社会では、貧困や格差などが広がり、

社会不安は大きく広がっています。

そうした現代の問題は、「大きな物語」がないこと。

「大きな物語」については「世界史の極意」から。

  • 「大きな物語」とは、社会全体で共有できるような価値や思想の体系のこと。「長い一九世紀」の時代であれば、「人類は無限に進歩する」とか「民主主義や科学技術の発展が人々を幸せにする」というお話が「大きな物語」です。

例えば、戦後の日本は、「経済成長」が「大きな物語」に当てはまると思います。

右肩上がりの経済成長を前提にした「年功序列」や「終身雇用」というシステム、

老後は退職金がっぽりもらって、年金生活みたいな。

これが戦後からバブルが弾けるくらいまでの「大きな物語」に当てはまると思います。

海外だったら、「大きな物語」は宗教が強いのかもしれません。

例えば何かあれば、神様が助けてくれる!というような。

大きな物語がなくなったら、どうなっちゃうの?

「経済成長」という大きな物語は完全に消え去ったのが、今現在、僕らが生きている世の中だと思います。

老後は何も保障されてないし、

大企業入っていればOKということもなくなりました。

資本主義がグローバル化すると、何が起きるのでしょうか?

こちらも「世界史の極意」から。

  • 帝国主義の時代には、資本主義がグローバル化していくため、国内では貧困や格差拡大という現象が現れます。富や権力の偏在がもたらす社会不安や精神の空洞化は、社会的な紐帯を解体し、砂粒のような個人の孤立化をもたらします。そこで国家は、ナショナリズムによって人びとの統合を図ることになります。

  • その結果、何が起きたか。排外主義的な書籍やヘイトスピーチの氾濫です。

  • 序章でも述べたとおり、その結果、いまや貧困かつ粗雑な歴史観が跋扈し、それがヘイトスピーチや極端な自国至上史観として現れています。

「経済成長」という信じれる物語がなくなり、

格差や貧困が広がる結果として、ヘイトスピーチなどの極端なことが氾濫します。

ではなぜ、日本でヘイトスピーチみたいな極端なことが氾濫するのでしょうか?

  • 私の世代以降の日本の知識人は、「大きな物語」の批判ばかりを繰り返し、「大きな物語」をつくる作業を怠ってきてしまいました。
  • 人間は本質的に物語を好みます。ですから、知識人が「大きな物語」をつくって提示しなければ、その間隙をグロテスクな物語が埋めてしまうのです。

なぜ知識人は、「大きな物語」をつくる作業を怠ってしまったのでしょうか?

1955年から始まった、自民党の「55年体制」が大きく関係しています。

佐々木俊尚さんの「21世紀の自由論」より

  • 総中流の構造に、メディア空間も引きずられた。安定している社会を支えているのは、 自民党であり、財界であり、官僚である。つまり官僚と企業と政府自民党という三位一体が日本の総中流社会を支えるという堅固な基盤があり、そこでメディアや野党の側が何ができるかというと、「反権力」という監視役としての役割でしかなかった。
  • 強者対弱者というような、非常にわかりやすい水戸黄門的な勧善懲悪の構図が色濃く抽出されていた。
  • しかし政治的・思想的な対立軸がこのような安易な勧善懲悪では、有効な議論はできない。なぜなら勧善懲悪では、市民やメディアが一方的な善になってしまい、しかしその善であるという思想的な背景は何もないからだ。単に反権力であるということでしか担保されていないのである。では反権力の側が政権を握り、責任を負ったらどうなるのか? ということは誰も考えなかった。

「国家権力」や「経済成長」という大きな物語を批判ばかりして、それに変わる政治的な考え方も具体策もなかったこと。

メディアも機能していなかったこと。

それはメディアの野党も「反権力」の立ち位置しかなったから。だった。

教育も関係していると思います。

このような状況で、1955年からの55年体制で進み、

誰も明確に進むべき道を示すことができないのが、今の日本なのかなと思います。

そして生まれる、個人が生きる小さな物語

格差が助長して、雇用の安定がなくなり

より自己責任で生きていくことが求められるようになります。

ある意味で、自由。

個人の自由や福祉を重要だとみなす、「リベラリズム」という考え方。

「経済成長」という大きな物語の中で、みんなで頑張ろう!

→→→

自身が、自分らしく生きていこう、

という「小さな物語」の中で自由に、生きていく流れに変わってきます。

ただこの「小さな物語」も自由なようで、責任が伴うし、大きな不安も付き物。

佐々木俊尚さんの「21世紀の自由論」より。

人生はつらい。ままならないことが多い。無理に選択をしても、失敗に終わることはあ る。

いや、失敗に終わることの方が多いかもしれない。その時に自由であるがゆえの自己責任を問われるよりは、神に責任を負ってもらう方がどれだけ楽なことか。

それでも無理に選択を迫られると、自由な選択などできない人たちは、結果的には他者とのつながりを求めて、他者と同じようなものを選び取ってしまうことになる。

そしてこれは社会の多様性を失わせ、みんな同じにしてしまう。リベラリズムは社会の多様性を求めていたはずなのに、自由への圧力によって多様性が失われるという、なんとも不思議なジレンマが起きてしまう。

僕も公務員辞めて、自由な立場でチャレンジしてるけど、ホント今後どうなるか分からないです。

ワンピースやNARUTOは、主人公みたいに、なりたくてもなれない多くの人を描写して

多くの人にとって、理想像なのかもしれませんね。

それで人気なのかな。

主人公が、夢に向かって、より自分らしく突き進んで、自己実現をしていく!

みたいなテーマですよね。

地元で仲良く!コミュニタリアニズム。

自由、というのは実際にはリスクや責任を伴い、いざ自由になるとどうすればいいか分からなくなったりします。

リベラリズムは、本当は存在しない「普遍的なもの」「理想的な個人」を目指した。でも近代ヨーロッパが衰退して、普遍の幻想は崩壊している。「普遍的なもの」がないのに自由な選択だけを求められることは、不安しか招かない。だから二十一世紀にリベラリズ ムは成り立たない。

そうした中で、古き良き時代の日本。

貨幣でのみ繋がった都会的繋がり→田舎的な繋がり

「コミュニタリアニズム」という考え方が広がります。

幻想の「理想の個人」ではなく、小さな共同体のみんなが善く生きられるような社会を目指した方が現実的なのではないだろうか。コミュニタリアニズムはそういう考え方をとる。

マイルドヤンキーと言われる層などそうかと思います。

地元で仲良くやっていこう!みたいな。

「コミュニタリアニズム」は排他的になりがち、という問題を抱えています。

  • コミュニタリアニズムや保守は、普遍や理想ではなく、古くからの歴史や伝統や共同体に価値を見いだし、共同体に参加することに価値があると考えた。
  • でもこれは内と外のあいだに壁をつくって、外側を排除してしまう。「参加を求める」というのは、「参加できない人は排除する」という論理とつながっているのだ。

実際に、僕自身も地方に住んでみて、大なり小なり排他的な部分はあると感じています。

でもグローバル空間では、そんなローカルルールも少しづつ揺さぶられます。

「日本人」での記載。

  • 圧倒的な〈他者〉がいなければ社会はグローバル空間にはならず、ひとびとはローカルルールにしがみつこうとする。これが、日本社会がなかなか変われない理由だ
  • しかしいま、ローカルな共同体は周辺から侵食され、揺れ動いている。政治や行政・会社などの旧来の組織が機能不全を起こすことで日本社会を覆う伽藍に亀裂が走り、あちこちにバザール空間が開けていく。
  • 個人にとっても国家にとっても、そこがグローバル空間であるならば、ローカルな正義をいくら主張しても勝ち目はない。自らの利益を守ろうとするのなら、リベラルデモクラシーの土俵で相手と対等に議論しなければならない

バザール空間は、開放空間を意味します。

対局にあるのが、閉鎖空間。

組織によりけりですが、大企業や役所は、その組織ならではの文化があり、閉鎖空間なのかなと思います。

  • 「自己表現度」の高い国はすべて英語圏(アングロサクソン国)と北欧などヨーロッパのプロテスタント圏だ。これらの国は、自由と自己責任が一体となった〝バザールの論理〟で社会が営まれている。それに対して日本は責任のとれない社会(無責任社会)で、そのことが自由に生きることを阻んでいる。

そして、これからの時代はどうなる??

市場原理でグローバル化が進めば、ローカルルールは揺さぶられ

格差や貧富の差は広がります。

より自己責任で生きていくことが求められるのかなと思います。

ただ人間、そんな市場原理だけでなく感情で揺れ動く世界。

佐々木俊尚さんの「21世紀の自由論」では

「優しいリアリズム」

という方向性が提案されています。

  • 人間社会は「理」や「論」だけで動いているわけではない。強い論理が社会の原理として駆動する裏側では、情が地層の奥深くを流れていて、つまりは論理と情が表裏一体となっている。
  • いま日本にはグローバリゼーションという極めつけの論理が押し寄せ、「情」をどこで確保すればいいのかがわからなくなっている。この結果、一方には強い論理があって論理だけで押し通す世界と、ひたすら「情」に頼り切り、ノスタルジーや自分の皮膚感覚だけを根拠に非論理的な言説を打ち出す世界に二分されてしまっている。
  • 正義を訴えて戦っている者たちも左右の両極端にいるが、その両極端に与することは何の利益ももたらさない。両極端に目を奪われることなく、そのあいだの中間領域のグレー の部分を引き受けて、グレーをマネジメントすること。その際、人々の感情や不安、喜びを決して忘れないこと。これこそが優しいリアリズムである。

「生存は保証されていないが、自由」と「自由ではないが、生存は保証されている」のどちらを選択する?

「21世紀の自由論」の中の問いです。

極端な問いではあるのですが、皆さまだったらどっちをとりますか?

今はIT技術の進化で、個人でも稼ぐ手段は多様化していると思います。

僕は完全に、前者で

「生存は保証されていないが、自由」

を選択しました。

実際には、かなりリスキーな状況です。

最悪、餓死することはない、

と思っていて、死ななければ、危機的な状況になっても再生はできるはずだと考えています笑。

グローバル化した世界は、格差は生み出しますが、ローカルな空間よりも

「フラットな世界」

だと思います。

自分が実績を出せれば、可能性は切り開けるし。

実力がなければ、消えていくだけだし。

この「フラットな世界」で自分どれだけやれるのかなー?ってチャレンジしてみたいとは思いますね。

実力がなくて負けるならしょうがないので、それは受け入れることができます。

ただ腑に落ちない組織のローカルルールだとかは、あまり受け入れることができません。

という感じで、どちらかといえばドライかもしれません。

皆さまはいかがでしょうか?

さて、

上記3冊から、僕の頭の中にあるごちゃごちゃしたものを整理してみたけど・・、相変わらずごちゃごちゃしている感じです・・。

僕自身これまで、こうした政治的な話は自分の考え方はそこまで持っていなくて、なんでかってそういう機会が全然なくて

ビックリするくらい政治的なテーマを考えたり話し合う機会が日本はないのかもしれません。

とりあえず自分なりに考えたことからアウトプットしてみようと思います。

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組織と市場、どっちに評価されたい?公務員1年で辞めるのを後押ししちゃった1冊、ちきりん「マーケット感覚を身につけよう」

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どーも、冨安です。

本日は、公務員を1年で辞めるのを後押しした本を紹介したいと思います。

何かを辞める決断ってすごい悩むことですが、僕の場合は本を色々と読んで、辞めるって決めました。

ほとんど人には相談しなかったです。

基本的にやめとけって言われると思ったので・・!!

で、今日紹介するのはというおちゃらけ社会派ブロガーの「ちきりん」の

という本です。

Chikirinの日記

ちきりんは、ブログやTwitter、著書を通して、

僕たちが常識としていることに

それって本当に、常識なの?

もっとこうでもいいんじゃないの?

みたいなことを分かりやすく、問題提起をしてくれます。

何だかんだで、著書はそこそこ読んでます。

現在の働き方や生き方に、疑問や問題意識持っている人にはちきりんの書籍はオススメです。

実際に、僕も公務員1年で辞めるに当たり、色々と考えて決断する時に「ちきりん」の本は何回も読んだりしました!

これからの時代を生き抜くために、必要な「マーケット感覚」とは??

本書では、これからの時代をどうやって生き抜いていこうか?

ということを

「マーケット感覚」

というキーワードから考えていきます。

「論理思考」と対になるもう1つの力、「マーケット感覚」を解説する初めて本です。

いたる所で市場化が進み、不確実性が高まるこれからの社会では、
英語力や資格などの個別のスキルよりも、
「何を学ぶべきか?」「自分は何を売りにすべきか?」という
「本質的な価値」を見抜く、一段上のレベルの能力が必要になります。
その力を、本書では「マーケット感覚」と命名しています。

これは、別の言い方をすれば、
「社会の動きがこれからどうなるのか」
「今ヒットするのはどんなものか」
などがわかるアンテナやセンサーに当たるものであり、
「生きる力」「稼ぐ力」と呼ばれているものの核とも言える能力です。

これまでは規制で守られていた業界も、市場に晒されるなかで、今までとは求められる能力は変わってきます。

  • 自分のすぐそばに「価値あるもの」が存在していても、その価値を認識する力がないと、「自分の周りには何も価値あるものがない」と思えてしまいます。
 
  • 今、この「価値を認識する力」の二極化が進んでいます。すばらしい学歴や職歴に加え、難関資格から専門知識まで持ちながら、不安から逃れられない人がいる一方、ずっと少ないものしかもっていないのに、「なんとかなる」「なんとでもなる」という自信とともに、世の中をわたっていける人もいます。この両者の違いがまさに「売れるものに気がつく能力」であり、「価値を認識する能力」の差です。 本書ではこの能力を、「マーケット感覚」と命名しています
 
  • 今は多くの人が、「これからの社会で求められるのは、どんな能力なのか?」という問いへの答えを探しています。実はこの問いに対する私の答えこそ、「マーケット感覚」です

 

これからの社会求められる能力こそが、本書でいう「マーケット感覚」、だといいます。

マーケット感覚とは、「価値を見極める力」

ではその「マーケット感覚」とは具体的にどのような感覚なのでしょうか?

まずは「マーケット」について考えてみましょう。

  • マーケット=市場とは、 不特定多数の買い手(需要者)と不特定多数の売り手(供給者)が、 お互いのニーズを充たしてくれる相手とマッチングされ、 価値を交換する場所 のことです。
 
  • 婚活に関しては、企業が運営する結婚紹介サービスのようなビジネスだけを「婚活市場」だと考える人がいますが、そうではありません。合コンだって、価値を交換する相手とマッチングされるための場所、すなわち市場です

そして本書では、「マーケット感覚」は「価値を見極める力」といいます。

  • 自分をどこで売るべきか、自分が高く売れる市場はどれなのか。「一生懸命頑張る!」前に、どの市場で頑張るべきなのかという市場の選択にこそ、マーケット感覚を働かせる必要があるのです
  • 社会や人が動く根源的な仕組みを理解する能力がマーケット感覚で、その仕組みを活かして、何らかの目的を達成するための手法がマーケティングです。
  • 本書が勧めるマーケット感覚も、マーケティングの細かいノウハウではありません。それは、市場と向き合う経験から得られる、市場に対する嗅覚や根源的な理解力です
  • その嗅覚の中心が、本章で説明する「価値を見極める力」なのです。

例えば、本屋や高校野球の本質的な価値ってなんだろう?

まず例えば、本屋の価値について本書の例から考えてみましょう。

  • 北海道の砂川市にある〝いわた書店〟という小さな本屋さんが、「あなたに合う本を1万円分、選んでお送りします!」というサービスを始めたところ、全国から注文が殺到したそうですが、いまや本屋は、本なんて売っていても儲からない時代なのです。
  • 書店は、本ではなく、「本を選んであげること」を商品にしたほうがいい。そう気がつくマーケット感覚があれば、地方の小さな書店も生き残ることができるという好例です。

人が本屋に足を運ぶのって、

「本が欲しいから」

ではなかったりすると思います。

悩みを解決したかったり、新しいことを学んだり発見したり、刺激を求めて、

本屋に足を運ぶのだと思います。本はあくまで手段。

  • 高校の部活の全国大会が、「高校野球」というスポーツエンターテイメントのコンテンツに変わることで、応援団や選手らが泊まる宿と交通費、球場で消費される膨大な飲食費、応援に使われるグッズの製造販売費用など、巨額の経済価値が生み出されました。
  • プロ野球にはない、高校野球の提供価値とは何でしょうか?
  • 高校野球では「全力で戦ったにもかかわらず、時の運で勝ったり負けたりする理不尽さや、技術レベルが低くても、気合いと根性でカバーしようとする若者たちの物語」が取引されています
  • 汗だくでプレイする姿、実力では勝っていても、たったひとつのエラーですべてが終わってしまうというトーナメント戦の理不尽さが、プロ野球には提供できない価値を作り出しているのです

高校野球って確かに、エンターテイメントになってますよね。

例えば、高校野球や本屋の例をとってみても、

物事の本質的な価値を、掘り下げたらこれだけ考えたりできて、

こうした物事の価値に気づく能力が市場化する時代に求められると。

マーケット感覚を身につけるための5つの方法

では、その「マーケット感覚」はどうやったら身につくのでしょうか?

本書では5つの方法が紹介されています。

①プライシング能力を身につける

②インセンティブシステムを理解する

③市場に評価される方法を学ぶ

④失敗と成功の関係を理解する

⑤市場性の高い環境に身をおく

簡単に紹介しておきます。

①プライシング能力を身につける

1つ目。「プライシング」とは値付のことです。

  • すでに値札つきで売られているものについても、自分の基準に基づき、プライシング(値付け)をしてみること。
  • 今の日本ではほぼすべてのモノが、売り手の決めた価格のまま取引されており、消費者が自分で値付けをする必要がほとんどない
  • 問題は、ボラれること(=相場より高く買うこと)ではなく、自分にとっての妥当な価格を、自分自身で理解できていないこと。

日本だと、確かに物の値段も、労働に関しても、売り手や雇い主が決めた価格で価値が決められます。

だから例えば海外でチップを渡す時とか、戸惑いますよね。

それで、自分が働いた価値がどれくらいか?

っていうのも時間給だとそこまで考える必要がない。

公務員を辞めて、クラウドソーシングとか使っていると、まさに自分のした作業の価値がどれくらいか?
直視しながら、現実とたたかってますね・・消耗します。

ただクライアントさんが、どうやって利益を出してビジネスしているのか?

その1部を担うので、めちゃくちゃ勉強になります。

クラウドソーシングという仕組みについて特筆すべきは、どんな仕事の需要が多く、どんな分野の供給が少ないか、といった情報が、すべての人に公開されているということです。これにより仕事を探している人は、「より高い報酬を得るためには、自分はどのようなスキルを身につければよいのか」、市場から直接学ぶことができます。

②インセンティブシステムを理解する

2つ目。インセンティブシステムについて。

要はアメとムチの「アメ」みたいなものだと思います。

  • 「人間が動く理由や仕組み」、すなわちインセンティブシステムについて、日々ほんの少しだけでも深く考える癖をつければ、市場の動き方についても、少しずつ理解できるようになっていくでしょう
  • 問題を解決するための方法には、「法律や規制や罰則を作る」「権威のある人に影響力を行使してもらう」「背景を説明し、納得させる」など、さまざまな方法があります
  • ニコニコ動画を運営するドワンゴは、朝が苦手なエンジニアの出社時刻を早めるため、午前中に行なわれる社内体操に参加したら、昼の弁当がタダでもらえる(しかもジャージ姿の女子マネージャーから!)という仕組みを導入したことがあったそうです
  • 規則のかわりに、「社員が早く出社したいと思う動機付けの仕組みを作る」という発想は、とても市場的です。

例えば、子どもにテストで100点とったら、ゲーム買ってあげるよ!

って言って、勉強をさせるのも、インセンティブシステムの1つです。

何か人を動かしたい時に、人はどうやったら動くのか?

っていう。

ニコニコ動画の女子マネージャーの発想とか大好きです。

規制やルールで縛ったり、何かマイナスなことをして反省文をかかせる、

みたいなことって、ある程度必要かもしれないけど、意味あるのかな?

って思います。

反省文を書かせたりすることって、何か問題の解決に繋がるのかな?と疑問に思います。

③市場に評価される方法を学ぶ

3つ目。組織に評価される人間になるのか?

市場に評価させる人間になるのか?

という考え方についてです。

  • 人間も、今までは組織に選ばれ(=組織に雇ってもらい)、組織から評価されることを目指す人が多かったけれど、今後は市場に選ばれ、市場から評価されることを目指す人が増えるでしょう
  • 組織に評価される方法と市場から評価される方法は、大きく異なります
  • 組織における意思決定者の数はごく少ないため、その価値観(基準)に合わせて企業努力をする宿泊施設は、どこもかしこも似通ってしまい、結果として、画一的で個性のない施設ばかりになってしまいます。
  • 組織における意思決定では、商品や意見そのものではなく、誰がそれを提起したか、誰が主張したか、誰が賛成したか、によって、大きなハンディが付けられそれらは「人脈力」とか「根回し力」などと呼ばれ、大組織では、そういったことに長けた人が「仕事ができる」と評価されることもあります。
  • 通常、組織における意思決定は属人的なので、キーパーソンを押さえることが重要です。企業では、社長や有力な役員の意向で物事が決まることも多いし、選ばれる意見も、新人ではなく実績のある社員が発案したものに偏りが・・
  • そんな力をいくら身につけても、市場型の評価が行なわれる世界では、まっく役に立ちません。

 

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公務員はどちらかと言えば、組織からの評価が重視されました。

誰に気に入られるか?気に入られないか?

みたいなことが大事な世界だったと感じます。

1年で公務員辞めてフリーランスでやってるのは、市場に評価されるか?されないか?

て世界でチャレンジしたいなって思ったからで、失敗するにしても、完全に実力の話でそっちの方が後悔ないのでいいと思いました。

④失敗と成功の関係を理解する

市場の中で、失敗を繰り返すことの重要性についてです。

  • 何かを学ぶ際には、ふたつのステップを経ることが必要です。ひとつは、組織から学ぶこと、もうひとつが、市場から学ぶことです
  • 私たちが何かについて「できる」と言えるレベルに到達するためには、学校的な「習い、覚える」学びに加え、市場的な「実際にやってみて、できるようになる」という学びも不可欠
  • 市場に向き合ってさえいれば、誰でも、そして何歳になっても率直なフィードバックが得られます。たとえば多くの場合、「これは売れる!」と思ってもまったく売れないし、「これなら注目を集めるはず!」と思って発表しても、話題にさえなりません
  • 今はやりのクラウドソーシング(第2章)でも同じです。あんな仕組みで最初から、単価の高い仕事がたくさん受注でき、十分な生活費が稼げる人など、いるわけがありません 
  • しかし、最初から「報酬が低すぎるから、やってもしかたない」と思う人と、「報酬は低いけど、市場から学ぶためにやってみようかな」と思う人では、最終的な学びの量に大きな差が出ます。どんな仕事でも、やってみないと気がつかないことがたくさんあります。しかも、そうやって得られる市場からの学びは、クラウドソーシングで受注した仕事から得られる金銭的な報酬より、よほど価値が高い

クラウドソーシングの話とか僕もやってるけど、まさに。

報酬低いし、しんどいです。

まともに自分で市場に向き合ってこなかったツケだと思うし、やり始めたばかり。

市場に揉まれながらやっていきたいと思います。

まずやってみて失敗しないと、本当に何も分からないですからね。

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⑤市場性の高い環境に身をおく

5つ目は、意識的に市場性の高い環境に身をおく重要性についてです。

  • 今までは、「市場的でないもの」ほど、安定していると考えられていました。たとえば公務員や国家資格が必要な職業は、「国や法律で守られているのだから、将来も安定しているはず」と考えられていました
  • 市場化する社会においては、これらは将来、ものすごく大きな変化が起こる可能性の高い分野です
  • あまりに変化のスピードが遅い組織は、とても危険です。それらは、どこかの時点で見限られ、別のものに置き換えられてしまうリスクの高い組織だからです。しかも変化の遅い組織には、変化が嫌いな人ばかりが集まってきています。
  • これらが安定したすばらしい業界に見えるのか、それとも、今後大きな変化に見舞われる可能性の高い、極めて不安定な分野に見えるのかは、まさにマーケット感覚の違い

以上、「マーケット感覚」を身につけるための5つの具体的な方法でした。

いかがでしょうか?

オープンでフラット。僕が市場で試行錯誤する経験はブログでしていた。

僕が市場で試行錯誤する経験はブログでしていました。

例えばブログって、不特定多数の読者に発信するわけで、読まれる記事を書くためには「マーケット感覚」が必須です。

ブログをやっていると当然、読まれる記事、読まれない記事があります。

書いた記事が不特定多数の市場に評価されるかどうか?

これって、完全に実力の世界だと思います。

だから実力不足なのは、ブログやっているだけでいつも痛感します。

ただブログをはじめ、市場ってオープンでフラットで、そこがすごいいいんですよね。

例えばブログなら然るべき記事を書くことができれば、それはちゃんとシェアされたりする形で、評価されますから。

組織に評価されるか?市場に評価されるか?

っていう話をしましたが、

組織に評価される世界は、決してオープンでフラットではないと感じました。

当然、組織によりけりですけど。

公務員は本当に安定しているのでしょうか?

これあくまで僕の考え方で、考え方は人それぞれあっていい話だと思います。

公務員は本当に安定しているのでしょうか?

僕のケースでも、公務員を1年で辞めるに当たり

なんで?

っていう話に当然なります。

安定しているのにもったいないって。

地方間も競争が進む時代。

石破地方創生相:格差「当たり前だ」、地方自治体は競争を – Bloomberg

みずほ総合研究所の岡田豊主任研究員は石破氏の政策について「住民に対する警告だ」と指摘、何をしなくても10年、20年で立ち行かなくなる自治体が出てくるとして「今のうちにやっておこうということだ」と述べた。地方自治体は今まで何をしてきたのかが問われているとして「結果的には自然淘汰になる可能性がある」とも語った。

石破氏は、国の政策の下で自治体はこれまで同じように栄えて衰退したとして「それを止めるのは今しかない」と述べた。昨年末に政府がまとめた国の長期ビジョン・総合戦略を基に各自治体は、中長期の将来展望を策定してまちづくりを進める予定だ。

会計年度独立の原則。大卒で無知すぎた自分に教えたい地方自治体の話① – とみやすブログ

この記事でも書いたのですが、地方交付税交付金が主たる財源になっているのが地方の町の現状です。

その状況においては、どの町も財政破綻するリスクを背負っていると思います。

例えば、定年まで安定までと思われている公務員ですが、夕張市では破綻してから職員の数が半減しています。

国全体が人口減少すれば、地方交付税交付金の財源減るし

町の人口減れば、町の財源は減るし

さらに世界レベルの競争に晒されているわけなので、公務員だから安定しているとは全然思えないんですよね。

  • 市場化が進んでいない分野に長くいた人は、市場でのサバイバルスキルをまったく学んでいません。このため大きな波がやってきたときには、驚いて右往左往し、沈みゆく船にしがみつくしか術がありません。
  • 「市場化が進んでいない分野」に逃げ込み、そこで長い期間を過ごすことは、決して賢い策ではないのです。

市場に晒されない公務員は、上記のようなリスクがあると思います。

僕は同意ですが、これはあくまでちきりんの考え方です。

個々の考え方で人それぞれだと思うので、色んな考え方あっていいと思います。

公務員を辞めるのを後押しした1冊「マーケット感覚を身につけよう」

というわけで、ちきりんの「マーケット感覚を身につけよう」。

をはじめちきりんの著書は

未来の働き方を考えよう 人生は二回、生きられる

とかも辞めるかどうか考える時に、何回か読み返しました。

・ブログを運営して、オープンでフラットな市場で勝負する楽しさを経験していたこと

・市場に晒されて生きるべきだと思ったこと

この2点が、僕の場合は公務員を1年で辞める決め手になったと思います。

一見、不安定に見えるフリーランスだけど、出来るだけはやく市場で揉まれてた方が、長い目で見たら安定するなっていう考え方です。

ただ本書の内容はあくまでも、著者のちきりんの考え方だし、

この記事の内容だって、あくまでも僕の考え方です。

皆さまは今回紹介した

「マーケット感覚」

どう思いますか?

僕はとりあえず市場からの評価が底辺らしいので、頑張っていきたいと思います(笑)

どーせ安定なんて、どこ行ったってないようなご時世なので、楽しくやってきたいですね。

今、急速に進む社会の変化を目の当たりにした人たちは、大きくふたつのグループに分かれ始めています。

ひとつは、ワクワクしながら自分自身もその変化を楽しんでいる人、

もうひとつは、日々伝えられる変化のニュースに不安を深め、どうやって自分と家族を守ろうか、戦々恐々としている人たちです

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知っていると人間関係が楽になる、人間の8つの性格のタイプ!

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https---www.pakutaso.com-assets_c-2014-03-HAW86_muttoshitanekotonezumi500-thumb-1000xauto-4326どーも、冨安です。

人は、自分がどういうタイプの人間なのか?

他者がどういうタイプの人間なのか?

枠に当てはめて考えるのが、好きですよね。

血液型みたいな。

僕も好きなんですが、結構大事だと思います。

人それぞれ色んな考え方や得意な分野があるわけだから、人のいい部分を最大限に引き出して

生きていけたら、みんなハッピーなのではないでしょうか?

そこで、客観的に自身や他者を分析するための「考え方」を教えてくれるのが

ユング心理学でわかる「8つの性格」

人間の性格を8つに分けて分析している、この本です。

面白かったので、ご紹介します!

なぜ生きづらさを感じるのか?

このご時世、生きづらさや堅苦しさみたいなことを感じて生きている方は多いかと思います。

ではなぜ生きづらさを感じてしまうのでしょうか?

以下本書から。

自分のことをほとんどわかっていないがために、一生懸命生きているのに苦しい思いを抱えてしまう人は、とても多いのです

自分のことをわかっていない人が、苦しい思いをしてしまう大きな要因に、「勘違いした幸せを求めている」というものがあります

たとえば私たちが考えるいい人生には、

・たくさんの友達を作り、毎日にぎやかに暮らす。

・明朗快活で外見も魅力的な異性と恋愛をする。

・憧れていた職業に就き、忙しくてもやりがいのある充実した毎日を送る。

・いい大学を出て一流企業に勤め、出世する。

・起業して社会的に成功し、多くの財産を手に入れて裕福に暮らす。

 などがあります。女性ならこれに、高収入の男性と結婚して安定した生活を得る。などの願望も入ってくるでしょう。 

・とても恵まれているように見えるのに、苦しい状態を抱えて心理カウンセリングの扉を叩く人はたくさんいます。

 彼らは、自分にとっての幸福とは何かがわからない人たちです。自分はどういう状態で生きていれば本当に快適なのか、幸福感を感じることができるのかをきちんと理解しないまま、型通りの幸せをつかめば、それで人生は成功するはずだ、と信じていたのでしょう

・一流企業で出世を争い続けてうつ状態になった会社員は、本当は人との競争は好きではなく、ゆっくりマイペースで生きていくのが向いていたのかもしれません

 

例えばFacebookとか見てると、何かこう「リア充でなければならない世の中」「立派でなければならない世の中」な気がしてきますよね。

自分こんな充実してます、自分こんな立派なことしてます!

こんな投稿が多いじゃないですか。仕事関係でFacebookの投稿が営業な方も多いと思うのですが。

んーまあ俺もやってるか・・。ブログ更新しましたとしか言っていない・・!!

とにもかくにも、立派でなければならない!みたいな世の中はやっぱり疲れますよね。

・うわべの幸福感に踊らされずに、本当に自分らしい人生を手に入れるには、どうしたらいいのでしょうか?

・自分に合わない人間関係、仕事、恋愛、生き方を選択してしまっているがために、なんとなく憂うつで、居心地の悪い思いをしながら生きている人は大勢います。

・心の中の迷いや重苦しさは、繰り返しますが、どれも皆本来の自分の内面的な特性を知らずにいるために引き起こされること。

・精神医学を切り拓いてきたユングは、人の内面的な特性に類型を見出し、その分析を行いました。それが、本書で紹介する『8つの性格別タイプ分析』です

外向的/内向的の2つ。思考/感情/感覚/直観の4つの掛けあわせ

8つのタイプは、内向的か外向的か?というエネルギーが向かっている軸。

また心に刺激を受けた時に、その心がどういう動き方をするか?

という思考、感情、感覚、直観の4つの機能。

これらを掛け合わせて8つのタイプに分けています。

ではまず、内向的か、外向的か?

からみてみましょー!

自分の興味関心が、どこに向かっているか?

最近、内向的な人間の特徴が見直されるような記事や本を散見します。

TEDのプレゼンも話題になってました。

では、外向的、内向的とはどういうことでしょうか?

内向、外向と言うと、よく性格が明るいか暗いかを示すことととらえられがちですが、ユングの使う意味はこれとは違います。ここで言う内向、外向とは、自分の興味や関心がどこに向いているかの違いを指しているのです。  内向は、興味や関心が自分自身の内側に向かっている状態です。外向は社会や自分以外の他者など、外部に関心が強く、それを基準にしている状態です

◆内向型

・相手からの働きかけを、自分の主観的なとらえ方、考え方に基づいて行動を決める。

・外から受ける刺激に対して、つねに自分なりの価値観で判断をする。

・周囲の状況より、自分の感じた感覚や感情のほうが重要だと思う。

・一人で行動したり、楽しんだりすることが好き。

・物事に集中すると、思いがけないパワーを発揮して取り組む。 ・初対面の人や、あまり親しくない人と接するのが苦手。

・思い込みから周囲の人とズレた反応、偏った反応をしてしまうことがある。

・自己中心的になったり、相手に対して支配的にふるまったりすることがある。

◆外向型

・相手からの働きかけに対して、影響を受けやすく、順応しやすい。

・外から受ける刺激を、そのまま受け止める。

・一人でいるより、誰かと交流することが楽しい。

・周囲の人と協力したり、意見を取り入れたりして成果を上げる。

・初対面の人ともすぐに打ち解け、誰とでも親しくふるまえる。

・周囲の影響を受けすぎてしまい、自分の感覚より優先してしまう。

例えば、僕は周りに合わせないで1人で行動することが多いので、内向型の傾向が強いと思います。

自然な状態で、健康的に人生を生きていくためには、まずは自分が内向、外向どちらのタイプか見極めること、そして、無理をして反対のタイプを演じようとしないことがとても大切なのです。

人には、自分とは正反対のタイプに憧れたり、正反対のタイプになりたいと望んだりするところがあります。

たとえば内向型の人が「もっと積極的に誰とでも仲良くなれれば、人生が楽しくなるのに」と考えて、身近にいる社交的な人を真似したとします。けれど、内向型の人がいきなり誰とでもフレンドリーな外向型キャラでふるまおうとすると、わざとらしく明るい人を演じているようなギクシャクした感じになります。

無理をしないことって大事ですよね。

僕は基本的に知らない人がたくさんいる、パーティーみたいなのは苦手で、何かの間違いで場違いな所に来てしまった場合は、無理をして社交的な振る舞いをせずに

1人で静かに家に帰ることがあります(笑)

無理に周りに合わせないですね。

付き合いが悪いとかノリが悪いって言われることもありますが、まあいいやって感じです。

前記事でも、このテーマは取り上げています。

あなたは外向的・内向的!?内向的な人は必読な「Quiet 内向型人間の時代」

皆様はいかがでしょうか?

4種類の機能とは??

では次に思考、感情、感覚、直観の4つの機能を見てみましょう。

・思考機能は、物事を論理的にとらえて理解しようとする働きです。何かが起こった時、そこから少し身を引いて、客観的な視点でそれを見て、分析したり意味をとらえようとします

感情機能は、思考機能とは対極にある働きです。何かが起こった時、その時に生じる感情、気持ちを最優先に考えます。(好き・嫌い)

感覚機能は、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚の五感が感じたものをそのまま情報として受け取ります。

最後の直観機能は、“ひらめき”で本質を把握するタイプです。今、目の前で起きている出来事を通じて、まったく別のイメージやアイデアがひらめきます

とは言っても、ピンと来ませんよね?

本書には絵でわかりやすくケースが書いてありました。

ペットのハムスターが死んだ時、学園祭でチャリティーオークションをやる時の2つ。

皆様はどんな傾向が当てはまりますか!?

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僕は完全に「思考」です。

意味とか1歩引いて考え出す傾向はある気がしますね・・。

1歩引くから、やってることに感情的に入り込めない!

てことはあるかも・・。困ったもんで。

ブログにも思考傾向出てる気がします。

逆に「感情」的なことは全く言えないです。

皆様はいかがでしょうか?

それぞれのタイプの人間に得意不得意があるので、チームの中で足りない部分を補ない合うことが大事だと思います。

8つの性格のタイプとは?

内向的、外向的という2つの機能、

思考、感情、感覚、直観の4つの機能

これらを掛け合わせて、8つの性格のタイプに分けています。

これら内向思考型、外向思考型、内向感情型、外向感情型、内向感覚型、外向感覚型、内向直観型、外向直観型の8タイプを人の性格8タイプとして、それぞれの基本性格と、その性格の人がどのように生きていけば「自分らしくのびのびと、幸せに生きることができるのか」を解説していきます。

細かく紹介すると長くなるので、本書よりイメージ図をご紹介します。

 1:内向思考型

11406101 819927954744130 7808652854926122246 o

衣食住にこだわりがないとか、当てはまりますw

2:外向思考型

11312953 819927961410796 6016596495844962315 o

これもあるなあ。

時々頭でっかちって言われます笑

3:内向感情型

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4:外向感情型

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自分と真逆のタイプかな。

5:内向感覚型

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あんまりモノへのこだわりはないなー。

6:外向感覚型

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すぐ理屈で考えちゃうから、うらやましいタイプかも。

 7:内向直観型

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言っていることが僕の理解の範疇をこえる人は時々いるかもしれない。

8:外向直観型

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僕が理屈っぽい部分あるから、羨ましくもあり、こういう人と何かやりたいですね!笑

テストをやってみた!

実際にテストをやってみたら、以外にも最も高かった点数は

外向思考型でした!

絶対に内向思考型と思ってたので、あれ??

って思いました(笑)

意外・・!!

外向的だったんだ・・!!

もちろんこれが全てじゃないですが。

今回は極めてサクッと紹介したのですが、それぞれ具体的に、どんな傾向があるか?

どうやって苦手を克服していくか?

などマニアックな分析が行われています。

また別の記事で紹介したいと思います。

自分がどんな人間なのか!?

何てものは、分かるわけはないと思いますが、今回紹介したような考え方は、他者や自分を客観的に知るための1つの手がかりになるのではないでしょうか?

 現代人がユングから学べるエッセンスとしては「唯一これが正しいというあり方はない」という「多様性への強い肯定感」

・すべて「自分や他者を決めつける」ためのものとしてではなく、「自分や他者をより良く理解して、幸せになるためのヒント」として使っていただければと思います。

 

個人的にも、もっと個々が持つ良さが活かされる社会になったら、いいなと思います。

こうした性格の分析もあながちバカにならないのではないでしょうか?

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移住に正当な理由はいるのか?「私、新卒でカンボジアに就職したの。」

どーも、冨安です。

4月より夕張市に来て、1ヶ月以上がたちました。

個人で仕事の案件をとりながらやっていくのって大変ですね。1つ1つ実績を積み上げていくだけだなと思う今日このごろです。

結構前に読んだ本だったんですけど

『私、新卒でカンボジアに就職したの。』: 海外就職トリセツ (ビジネス)

上記の本。

新卒でカンボジアに行った方のお話。

カンボジアに行くまでの経緯や海外で就職するまでの気をつけることが書いてあります。

アジアへの就職や地方へ行く方など増えてきて、新卒でみんな同じで就職活動!

というだけじゃない選択肢が広がることは、いいことだと思います。

著者の方はそんな理由で行っちゃうんだ!と思うような感じで面白かったのでご紹介します。

マルチ商法を押してくる先輩から逃れたかったらしい。

カンボジアは東南アジアにある国です。アンコールワットなどが有名ですよね。

カンボジア_-_Google_マップ.png

 

とある先輩からマルチ商法の勧誘がひつこくあり、そこから逃げる口実で、カンボジアに行く!っていってしまったことがカンボジアに行くきっかけだそうです。

 

どうやって先輩から離れようか考えました。その時に、とっさに言ってしまった言葉が「私、大学卒業したらカンボジアに行くんです!」だったのでした。

その時はカンボジアに行ったことがあるどころかどこにあるのかも知らず、「アンコールワットにカンボジアがある」ものだと思っていました。

 

僕も大卒で北海道に来た理由は、偶然の要素が大きいし、今こうして夕張にいるのも不思議に感じます。

どこどこに行く!っていうのに深い理由はいらなくて、行ってから考えるくらいがベストなのかな?という考え方で動いています。

いいのか悪いのかわかりませんが・・。

にしても、著者の方のきっかけはすごいですよね。

まずはカンボジアの現地スタディーツアーに参加することにしたそう。

旅行が好きだったので、東南アジアにしょっちゅう旅に出かけていました。そういったバックグラウンドがあったので、カンボジアに行くこと自体に躊躇はありませんでしたツアー参加者の方々とも仲良くなれ、アンコールワットも観たことだし日本に帰国したらしばらくひっそり過ごそうかと思っていた矢先、ツアーアテンドの方から「Aちゃん、カンボジアで働かない?」と声をかけられたのです。 その一言で私の海外就職が始まりました

 

課題試験の内容は、課題図書を2冊読むことと、先方から送られてきた質問にこたえること。それが通ったら面接をしていただき、採用かどうかが決まる流れとなっていました。

 

何の仕事をやっているのかは明記していなかったのですが、専門的なスキルあれば幅広くやれそう。

飲食店のオーナー、マッサージ屋さん、美容師、会計士、ゲストハウス経営等ジャンルは幅広いです。幅広いということに加え、現段階のカンボジアは何でもやれる環境にあります

他の東南アジアの国々に比べてカンボジアは日本人の割合がまだ少ないので、何かスキルがある人は他にライバルもおらず少なくて仕事がしやすいかなと思います。私も、管理栄養士育成の大学を出ていることもあって、新しくオープンするカフェバーのレシピ作成を担当させていただいた事があります

 

カンボジアで大変そうだったことは、僕が北海道に来て大変だったことに似ていた

同世代が海外にいきなり出て、困ることは海外ではないけど北海道に来たこともあり共感しました。

さてカンボジアでいちばん辛い事、 これも人それぞれかと思いますが、私の場合「どうしてカンボジアに来たんですか?」と質問されるのはいちばんこたえました。

 そもそもカンボジアに来た理由も当時は人に言えるようなものではなかった事、「これからカンボジアでビジネスをするぞ!」と目をキラキラさせている質問者さんを前に悲しませるような答えも言いたくなかったのです。

 そのため、一生懸命「カンボジアに来た正当な理由」を考えていました。色々考えた結果「・・・カンボジアが私を呼んでいたので。」と答えてみても、質問者さんからはやはり残念な表情。中には「もっと、何かあるでしょう!」と、相手が納得する答えを出すまで質問タイムが終わらない事もありました

 

この感覚はわかりますよねー。

バリバリいきなり起業出来る人間は1部で、だいたいの人こんな感じなのではないでしょうか?

辛かったわけじゃないのですが、来たばかりの時は「北海道に来た正当な理由」を考えていましたし、「北海道が僕を呼んでいたので。」

みたいなことを答えてみた記憶があります(笑)

もともと、その土地に縁もゆかりもない人間が、その土地に辿り着くのって偶然と縁ですよね。

「よそ者」「地元」とかあまり意識しすぎずに暮らしていけばいいのかなと思っています。

 

私の場合 、海外就職をしてみた結果、「いかに自分が無力で何の役にもたたないかという事の自己認識」を得ました

ただ、無力を感じ、その事実を受け入れることで次のステップに上がれるのかなとも思いました。異国で生活をすると、今までの価値観を全て打ち破られ、強みだと思っていた事がまったく通じないことだって日常茶飯事です。いかに自分が狭い世界で生きてきたのかを思い知らされます。しかしそこで多用な価値観を受け入れ、新しい価値を創造し、課題を解決していことによって海外で自分が得たいモノ、コトに届いていくのかなと自分自身の海外就職を振り返り思います。

 

これもわかる感覚で、無力を感じて次のステップを試行錯誤しているのが、今の自分でもあります。

海外に出たわけではないので、海外はよりそう感じるんでしょうね。

著者の方みたいに、肩の力を張りすぎない決断の仕方が僕は好きです。

ちなみにカンボジアも行ったことないので、行ってみたいですね!行ってみたい国や地域がありすぎて大変です!

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86歳のブロガーおばあちゃんが書籍を出したらしい

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どーもです。

めっちゃ素敵です。ブログ「気がつけば82歳」

以前紹介した86歳のブロガーおばあちゃん

82歳からブログを始めて4年が過ぎているとのことですが!

何と書籍を出されたそうで、まためっちゃビックリしました!笑

この方は、82歳でブログを始めるという好奇心、チャレンジ精神

同じくブログを書いてる人間として、読みたくなる不思議な文章

色々とすごいなと思います!

こういう日記系のブログで読みたくなるって中々ない。

86歳の人が書いてるから惹かれるのか、文章自体がうまくて惹かれるのか、内容に惹かれるのか

何に惹かれるのかわからないのですが!

すごい方だと思います。

さらに書籍を出されるということですので、もうホント高齢化社会の鏡です。

ちなみに最近、岩知志PCクラブではタブレットの方が増えてきました(笑)

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これもまた時代の変化を感じます・・。

PCよりも使いやすいのかな??

もはや若い人よりも高齢者の方がチャレンジングで元気な時代がやってくるのかもしれないですね!

俺が60歳になるの35年後でしょー?35年後の未来とか予測不可能すぎます。

テクノロジーの進化でSFみたいな世界になってるかもしれないし

自然災害、戦争で世界はめちゃくちゃになってるかもしれないし。

明日生きてるかもわかりませんしね。

あまり先のことを考えてもしょうがなくて、今はブログにはまってるから、ブログを極めることが最大の興味関心です(笑)

そして、このおばあちゃんブロガーのように

86歳になってもこのブログが続いていたら面白いなと思いますね!

気がつけば82歳!

こんなタイトルでブログを書くときが・・・

来ないだろうな笑

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出版業界の未来は暗いけど、本の未来は明るい!?内沼晋太郎「本の逆襲」

本の逆襲 (ideaink 〈アイデアインク〉)

どーもです。

地方の本屋の未来について!「久住社長、浦河に本屋を作るって可能ですか?」

以前浦河町で行われた、くすみ書房という本屋の久住社長の講演会のことを紹介しました。

時代の流れとともに本屋の在り方、求められることが変わっているとのことでした。

この時、久住社長が他の面白い本屋や本に関する書籍を紹介してくれたんですよね。

そこで知ったのが「本の逆襲」という本!

こちらはAmazonの内容紹介。

出版業界の未来は暗いかもしれないが、本の未来は明るい。
本はインターネットもスマホもSNSもイベントも、すべてのコンテンツとコミュニケーションを飲み込んで、その形を拡張していく。
「本と人との出会い」を作る型破りなプロジェクトを次々と立ち上げ、話題の新刊書店、下北沢「B&B」でメディアとしての本屋を実験する若きブック・コーディネーターが、新しい本の可能性を指し示す。
形が見えないからこそ、明日の本も本屋も面白い。
「これからのアイデア」をコンパクトに提供するブックシリーズ第10弾。画期的なブックデザインはグルーヴィジョンズ。

著者は僕も行ってみたい下北沢の「B&B」の経営をされていて、新しい本屋の在り方を実践されている内沼さんという方です。

本書の中では、現在の仕事に携わるまでの経緯、手掛けてきたプロジェクトを紹介、本と書店の現状と未来への展望などが書かれています。

くすみ書房の久住社長は、時代の変化とともに中小規模の本屋の経営はかなり厳しいと言われていました。

僕も最近では電子書籍の便利さに気づいて紙の本を読む機会は減っています。

本屋に行く機会も減るし、紙で本を読むことも減る・・僕みたいな人は多いはず。

そんな本を取り巻く環境の中で

著者は、本とは何か?てことを改めて考えています。

 手書きのものが冊子になり、やがて印刷され、そしてデジタルになったこれらすべてを、広義の本であると考えてみます。するとたとえば、企業が作る商品のカタログやパンフレットも、本だと言えるでしょう。それをデジタル化した、商品のウェブサイトさえ、iPadで見たら一緒ですから、本でないとは言えません。博物館に収蔵されている写本が本であるならば、現代に生きるぼくたちが文庫本サイズのノートに手書きで書いた小説も、本だということになります。Evernote上にある書きかけの論文でさえ、本ということになる。電子書籍だけでなく、電子辞書も本です。

考えさせられます。

金を払うのか?タダか?

本に僕たちが求めるものは、新しい知見を得たり新しい世界を知ることで、

そして本にお金を払うのはタダでは手に入らない価値があるからだと思います。

一方でインターネット上のnaverまとめ、2ちゃん、WEBメディア、個人ブログ、PDFなどで無料の情報も溢れています。

情報にどれだけ価値があるか?

という点は違いますが、これらのインターネットで出回ってるものも、同じように活字を読んで情報を得るので本みたいなものな気がします。

本屋に行く動機はとても変化している

ある決まった本を求めて本屋に足を運ぶ、

という動機で本屋に行く人は減っていると思います。

Amazonを使いますから。

だから、本屋に求めるのは新しい世界との出会い、だと思います。

ふらふらーっと歩いてて、ふと目にとまって気になるタイトルの本に遭遇することってありません!?

 そして本は、そこに書いてあることだけで完結しているものではありません。言葉の意味をみんながすべて同じように理解し、同じような考えを持って生きるということはありませんから、100人いれば100通りの「読み」があります。本は書かれたところで止まっているのではなく、読まれて初めて本として完成する、書き手と読み手のコミュニケーションなのです。

著者が経営されているB&Bは

本×ビール×インテリア×イベント

4つもの要素を掛け合わせていて、まさに本が本だけで完結しない本屋だと思います。

個人的にも最近思うんですけど、本が本だけで完結しないというか、もはや本が何だかよく分からない。

本から生まれるコミュニケーションも含めてコンテンツだったりすると思います。

例えば、本を出してる著者の方がフェイスブックのファンページ持ってたり、メルマガしてたり、ツイッターしてたりしますよね?

ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく

堀江貴文さんが分かりやすい例だと思います。

ソーシャルメディア駆使していて、ブログ、ツイッター、フェイスブック、ユーチューブチャンネル、メルマガ

これら全部やってます。

本から生まれる読者とのやりとり、メルマガのQ&Aなど本から派生したコミュニケーションもコンテンツで

こういうコミュニケーションを見てるのも本みたいな気がするし・・。

最近はメルマガのQ&Aを本にまとめるパターンもあります。

黒本白本

高城剛さんのこちらの著書のように。

テクノロジーの進化で、本の在り方も変わってきているのかな、と感じます。

それこそ、僕みたいな人間でもAmazonでオンライン書店開いたりできるし、僕がブログで本を紹介すればそれも本屋みたいなもんかもしれないし。

10年、20年前は考えれなかったことですよね。

早い!安い!旨い!吉野家の牛丼のようにkindle本が素晴らしい3つの理由

本屋の社長が語った小さな町にも本屋が必要な理由

小さな町にも本屋は必要!と言ったり電子書籍最高!

とか矛盾したようなこと言ってますがw

kindleも素晴らしいと思うし、小さな本屋は小さな本屋でしかできないこともあると思います!

本の未来!

どうなってくるのか楽しみですね(^O^)

「本の逆襲」、本の未来へのアイデアが詰まっている1冊だと思います。

本の未来は、明るい!

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めっちゃ素敵です。ブログ「気がつけば82歳」

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こんばんは。

月日の流れとははやいもので僕も気がつけば25歳です。

気がつけば・・気がつけば・・

気がつけば、といえば

現在86歳になる方のブログで

「気がつけば82歳」

というとても素敵なブログを知りましたので本日はご紹介いたします。

岩知志PCクラブの皆様。お時間ある時にでも是非ご覧下さいませ(^^)笑

リンクです⇒「気がつけば82歳」

82歳でブログを書き始めて4年が過ぎ、86歳になったというおばあちゃんが書かれています。

趣味が読書と絵をかくこと、だそうで

ご自身の経験や学んだことを楽しそうに書かれているのが印象的です(^^)

86歳の世界観って僕からしたら想像ができませんが

新しいことを見て学ぶ、これからくる未来にワクワクする、

悩んだり、後悔したりする

そんな86歳の世界観っていうのがすごい伝わってきて、つい色んな記事が読みたくなるブログです。

またブログにはリアクションやコメントをもらえて人と繋がれる面白さ、がありますが

学ぶ喜びと共に、ブログからそうした人と繋がれる喜びも楽しんでそうですね(^^)

何歳になっても、学びは楽しい

僕が今住んでいる平取町で、パソコン教室を高齢者の皆様と2年行っていて今年で3年目になります。

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以前記事⇒PCもタブレットも始めるのに年齢は関係なし~講師を超えていく生徒たち~

でも書きましたが、86歳でブログをかくおばあちゃんと同じように

パソコンなんてできるわけないと言っていたおばあちゃんたちが、フェイスブックやり始めたりして新しいことを学び合い、楽しんでいます。

新しいことを知りたい、という知的好奇心は年齢関係ないのでしょう。

やっぱり、知らないこと知ったり、新しいことできるようになるのは楽しいです

また参加されている皆様が、実際の年齢より若い!

と感じるわけですが、実年齢より若くみえる人たちに共通するのは

人生を楽しむ

に、秘訣があるような気がします。

そしてお若くみえる86歳のブロガーおばあちゃんと、岩知志PCクラブの方々の共通点は

・新しいことを学ぶことができる場所

・同じ世界観を共有できる人との繋がり

を持っていることかと思います。

新しいことを学ぶのは自分次第なのかな?という気もしますが。

子供から大人になり、大人から高齢者になる過程で

あれはできない、これはできない、今更学んだってしょうがないって思うことは増えるし

人生が楽しくなくなってくるのかなと想像します。

でも赤ちゃんで生まれてから、青春時代から、じじばばになって死ぬまで人間はきっと

知らないことを学び続けて

友達をつくり、人との繋がりを持ち

生きていきたい。それは変わらない心理なのだと感じます。

賭博黙示録カイジ 6 (highstone comic)

かの有名な伊藤カイジも言います。

人間だ・・・

人間がつまり・・・

希望そのもの

だったんだ・・・!!!

というわけで

本日は「気がつけば82歳」こちらのブログを紹介させて頂きました。

86歳でまだまだ学び続けるおばあちゃんのブログ、とても素敵で色々なことを教えてくれますね(^^)

また地域で楽しく暮らしていくためのヒントももらえますね。

年齢関係なくフラットにわいわい学び合っていけるような場所。

こんな場がたくさんある地域は生きる楽しみ増えるんじゃないかと思います(^^)

岩知志PCクラブの皆様。

今年はブログでもやってみますか?笑

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