生き方

岡山県美作市上山に移住しました。子犬を連れて。

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どーも、冨安です。

2017年の4月は大きな変化がある年になりまして、先日5,6年ほど住んでいた北海道を離れまして岡山県の美作市上山という地域に移住しました。

こちら今回僕がいく地域のHP→上山集楽

3日前くらいにフェリーで北海道から引越しをして、なぜか子犬と一緒に移住しました。

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自分が岡山県に住む日が来るとは全く考えていなかったのですが、色々な繋がりやご縁があって、今回の上山移住に至りました。

一旦仮住まいに住んでいて、少しずつ地域とも関わりつつ上山での暮らしがスタートしています。

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簡単ではありますが、どんな経緯で北海道から上山に移住することになったのかお伝えしたいと思います。

岡山県美作市上山ってどこ?

僕自身、中国地方に住むのは初めてで岡山、広島、兵庫などあまり土地勘がありません。

北海道で次は岡山県に行きます、と言っても

「岡山ってどこだっけ??」

みたいな方が多かったのは印象的です。北海道とか住んでると中国九州あたりはよく分からないものかもしれません。

岡山県 Google マップ 🔊

兵庫県と広島県の間にあるのが岡山県です。

北は鳥取。

南は香川という感じなんですね。

こっちに来てから、こういう感じなんだと改めて知りましたw

美作市 Google マップ

6市村町が合併してできたのが美作市。南北に長い。

兵庫県と鳥取県に隣接しています。

上山 Google マップ

上山は広い美作市のなかでも最南端にある地域です。

青い点は僕が住んでいる所です。

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標高は最も高いところで519mあり、急傾斜地のなかに家が点在しているのが特徴です。道も細長く傾斜がある道が多い。

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来たばかりの印象としては、山の中に集楽があって暮らしがあるイメージ。棚田とともに暮らしがある地域です。

追々紹介していきますが、棚田再生を中心にモビリティプロジェクトなど様々な取り組みが行われています。

これは限界集落の一つの未来かもしれない。8300枚の棚田を復活させ、最新型モビリティで走る、岡山県「上山集楽」で始まった自立型集落への道 | greenz.jp | ほしい未来は、つくろう。

なんで上山に移住したの?

北海道夕張市での暮らしは楽しいものだったので、北海道には結構愛着があります。

それでも上山でやってみたいという想いが勝ったから来たんだと思います。

上山は全く縁もゆかりもない地域ではなく、ご縁は2011年から。

北海道の平取町で地域おこし協力隊をやっているときに、協力隊ネットワークの村楽LLPの集まりが美作市であり、上山の方と縁ができたのはそこからです。

5、6年近く繋がりがあるので、全く接点のない地域に行くわけではありません。

それでも自分が上山に行くとは考えたことなかったのですが、上山に行くきっかけになった大きな一日がありました。

昨年の夏、僕がドローンを飛ばして遊び始めた頃ですねー。

上山で活動されてるかっちこと西口さんとびびさんのお二方が、北海道を回られていてそのとき突如夕張にもドローンを見に立ち寄ってくださいました。

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この日がきっかけで、上山の夏祭りにドローンを飛ばしにいくことに。

こうした経緯がある中で、上山でやってみたいなあーという思いが強くなり移住することにしました。

さらに細かい経緯は長くなるので追々書いていければと思っています(^^)

一見関連性のないように見える人の繋がりや行動の積み重ねが、今回の移住に繋がった。

移住って、理屈よりも人の縁・繋がりや直感が大きいと思います。

もし〜〜してなければ、来てなかったなだろうなあということがたくさんあります。

もし僕が平取町で地域おこし協力隊をしていなければ、上山との繋がりは生まれていなかったかもしれない。

もし村楽LLPのイベントやかっちびびさんの結婚式に行ってなければ。

もし公務員を辞めていなければ。

もしドローンを飛ばして遊んでいなかったら。

もしブログをやっていなければ。

・・・・みたいなことがたくさんあって。

逆に上にあげたような1つ1つの行動があって、今僕は上山にいるんだと思います。

今回の移住はこれまでの人の繋がり、自分の行動が積み重なった結果なのかなと感じています。

血縁は上山に。子犬のロッキー。

そして今回僕は子犬のロッキーを連れて移住しています。

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実はこのロッキーも上山と縁深い犬!

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こちらの白い犬、まるはロッキーの親です。以前住んでいた平取町のくまさん荘という場所で暮らしています。

平取町と上山も色々と縁があるんです。

そしてまるの親が、上山におりましてロッキーのじいちゃんとばあちゃんにあたりますね!

今回まるから5匹子どもが生まれたのですが、ロッキーは北海道を離れて上山で一緒に住むことになりました。

これまで犬を飼ったことはないので、右も左も分からない感じなのですが・・・!

きっと愛されて育っていくのでしょう!

というわけで今回の移住には、不思議な犬繋がりも。

今だからできることを大切に、色々とチャレンジしていけたらと思う。

北海道平取町、夕張市に続き、3度目の移住となりました。

移住して1年目はどこに行っても大変だと思います。

上手くいくことばかりではないし、人間関係だって上手くいくか分かりません。

就職するわけではないので収入も不安定になると思います。

いや、

元々不安定なのでこれまで通りでしたw

まあでも不安以上に楽しみが勝るのが移住、というか

何がどうなるか全くわからない感じが移住1年目は最高ですよね!

上山では果たしてどんな暮らしが待っているのか・・・??

まず犬と一緒になるところから予想外だし、何がどうなるか全然分かんないですね。

北海道との出会いや繋がりに感謝。

これまで5、6年暮らしをおくってきた北海道や出会った方々に感謝。

北海道での暮らしがあってこその、今回の上山だと思います。本当にありがとうございました!

行きたい地域や家が多すぎるので頻繁に遊びに行くと思います。

岡山県や美作市、上山の皆さま、ロッキー共々これからどうぞよろしくお願いいたします。

詳しいプロフィールは→プロフィール

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4泊5日道南旅。暮らすような旅が育むピースフルな世界

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どーも、冨安です。

先日4泊5日で急遽洞爺湖や厚沢部町、松前町、函館など道南を巡ってきました。

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今回はちょっと9月前半に夕張でAirbnbミートアップを一緒に企画した、札幌でAirbnbコミュニティリーダーをされている石黒さんとそのお子と3人で道南を巡っています。

【告知】9/3・4日!夕張 × Airbnb in Hokkaido ミートアップを開催!

自分でしか生み出せない歴史をつくる面白さ

このミートアップのときに洞爺湖の礼子さんという方とのご縁が旅のきっかけです。

洞爺湖の礼子さんはくそまじめゲスブロガーのあんちゃ(まじまじぱーてぃー)の母です。写真右

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洞爺湖は行ったことがなかったので行きたかったので、せっかく縁もできたことに行くことに。

さらにどーせ洞爺湖まで行くなら函館とかも回ってしまうか!

ということで3泊4日の予定で道南巡りをすることなり、結果として4泊5日になりました。

Google マップ 🔊

トータルで約800キロほど(東京から広島くらい)の走行距離でしたw

人の繋がりを辿る旅

今回の旅のスタイルはAirbnbのカルチャーを愛する石黒さんとご一緒した旅らしく、人の繋がりを辿るような旅でした。

あとドローンを色んな所で飛ばせて大満足!

洞爺湖では礼子さんの家、厚沢部町では僕が地域おこし協力隊時代に知り合った荒木君のところ、函館ではAirbnbの弘年さんの家、最後には再び礼子さんの家という感じでした。

先に「人」があって、そこに「地域」がついてきた。

みたいなイメージでしょうか。

とても有り難いことに行く先々で歓迎してもらい、「人の繋がりがあるからこそできる旅の良さ」を実感しました。

僕自身Airbnbを7月からホスト側を経験したので、ゲスト側としてどんなことが嬉しいのか?

自分でより感じることができたかなと思います。

洞爺湖も含めて道南方面に行くのは初でした。

旅先で「ただいま」といえる新しい居場所に出会えること

今回僕らがした旅はAirbnbのコンセプトでもある「暮らすように旅する」に他なりませんでした。

今回は繋がりある地域もあれば、人の繋がりがなく残念ながら通り過ぎてしまった地域も数多くありますが。

行く先々でそこで暮らす人と繋がり、「また会いたい人」や「また行きたい地域」に出会えること。

「暮らすように旅する」は仕事やプライベートにつぐ、自分の第3の居場所を増やすことでもあると思います。

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まずは夕張にて。

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洞爺湖にて。

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厚沢部町、0円免許合宿の皆さんと!

【0円免許合宿】実質無料で免許を取得できる合宿所が北海道に誕生しました。 | 22歳、北海道の田舎に移住しました。

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新しく行く地域でこうしたそこで暮らす人たちと繋がりを持てるのは嬉しいです!

旅先で一瞬一瞬の時間を共有できる幸せ

では「暮らすように旅すること」が、観光地を巡るだけの旅と何が違うのか?

それは「予想外の人の想いや優しさに触れることができること」だと思います。

観光名所を巡ってホテルに泊まって、という旅ってどこか淡泊な印象があります。

既にインターネットで見たものをただ確認するだけで、旅が確認作業みたいになるんですよね。

一方で現地の人と繋がり「暮らすように旅すること」は、マニュアル化することができない予想できない「人の想いに触れる機会」に出会うことが多々あります。

コトの大小は関係なく、人の想いや優しさに触れること自体に大きな喜びがあると思います。

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そこに住むの人の優しさに触れて、一緒に笑ったり泣いたりと色んな感情を共有できる空間。

縁もゆかりもなかったはずの地域で、そこにいる人たちと過ごす一瞬一瞬の時間を共有できることは幸せだなーと実感。

今回僕らが旅先で経験したカルチャーが広がる意義

「暮らすように旅すること」は知らなかった地域やコトとの距離感を縮めます。

予期せぬ人との出会いや優しさに触れることは、そこに行かなければ出会うことができないことです。

どんなに情報社会が進化しても。

こうした旅により「ただいま」と言えるような第3の居場所が増えることは、生き方の選択肢や人生の幅を広げます。

今がどんなに死にたくても自分には「ただいま」といえるあの場所がある、みたいに思える意義は大きいと思います。

金銭的な価値以上の経験が育まれることもたくさんあるはず。

今回は単なる観光名所に足を運ぶ「確認作業の旅」ではなく「予想外な人の優しさや感動に数多く出会えた旅」でした。こうした旅のカルチャーの先にあるのは個人の壁がなくなり、もっと笑顔が溢れるピースフルな世界だと思います。

そしてそんな世界を育んでいけるよう自分の人生の時間や情熱を傾けていけたらと思えた時間でした。

今回の旅先でお世話になった皆さまやかずしげさん、いち君、本当にありがとうございました!

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洞爺湖のサンセット×ドローン。やばかった。

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自分でしか生み出せない歴史をつくる面白さ

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どーも、冨安です。

【告知】9/3・4日!夕張 × Airbnb in Hokkaido ミートアップを開催!

先日告知をした上記のイベント、9月3日、4日に無事終了いたしました。

Airbnb×夕張をテーマに、Airbnbが持つ可能性を夕張や北海道で広げていくチャレンジへの第一歩でした。

Airbnbホストさんや夕張在住の方、ブロガーさんなどお集まりいただきました。

色んな活動をしている方がいたので少しご紹介します。

エアラジをやっているカズさん

  「あんた住んでないね」日本のAirbnbの置かれている状況を悟った瞬間 | Books&Apps

グダグダ感が面白い笑

 京都からお越しいただいた インバウンドのYouTuberになると決めた報告と、その理由について | 那須裕介 / Yusuke Nasu 「ジャパネスクエスト/Japanesquest」のYuusukeさん。

本当に動画のクオリティーすごい・・・。

まじまじぱーてぃーを運営するクソマジメゲスブロガーのあんちゃ

 まじまじぱーてぃー さらにそのお母さん!  

などなど皆さん一緒にいて刺激的な方ばかりでした。Airbnbのホストもやっているから皆さんすごく気も利く方ばかり。

BBQからはじまりズリ山登山や発電所見学など、財政破綻した夕張の歴史や文化を感じる部分もありつつ、地元内外の方々の交流が育まればという企画でした。

細かい当日の様子は置いておき!

このイベントをやって感じたことは「自分でしか生み出せない歴史をつくる面白さ」でした。

世の中別に自分じゃなくても出来ることはたくさんあります。

一方だれしろ、自分でなければ出来ないことも必ずあると思います。

一度きりの人生、どうせなら代替のきくことより自分でしか出来ないことをやりたいものです。

今回の夕張ミートアップは偶然の縁が重なりうまれた企画!

今回のAirbnbミートアップは偶発的に生まれたもので、もし僕がいなければ生まれることはなかった企画です。

企画はAirbnbに特化したエアログを運営している、るってぃ。Airbnbの北海道コミュニティーの運営などされるkazushigeさん。そして僕の3人がコアメンバーでした。

まず企画のきっかけはるってぃが夕張に足を運んでくれたことでした。

Airbnbで夕張に3日滞在し、忘れていた童心を取り戻した【廃校保健室】 | エアログ

るってぃが夕張滞在後、今回一緒に企画をしたkazushigeさんのリスティングへ。そこで夕張の話題も出たそう。

僕とkazushigeさんは7月初旬くらいにAirbnbの札幌でのミートアップでお会いしていました。

Airbnbだからできる地方創生。AirbnbJapan主催、ホストミートアップに参加。

お二人とも7月に1回お会いしたばかり。

Airbnbを使って 「町」を再生させることができるのか? | エアログ

るってぃが夕張で感じたこと、やりたいことに共鳴する形で3人でまずは何かやってみよう!という流れになりました。

その後オンライン上で話しを進め、Kazushigeさんには夕張に足を運んでいただき夕張の方々との繋がりを育みながら準備を進行。

当日は夕張の様々な方のご協力、遠方から参加してくれた方々のおかげで無事終えることができました。

もちろん課題も多いです。

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偶発的に繋がった3人がいなければ、この企画は生まれなかった!

世の中には別に自分じゃなくても回ることが大半です。でもやはり自分じゃなければ出来ないことも一人一人の人が持っているはず。

例えば今回のAirbnbミートアップ夕張は、まずるってぃとKazushigeさんと僕がいなかったら生まれることはなかった企画です。

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地道に夕張や参加者への投げかけをしてくれたKazushigeさん

夕張でのハブ的な役割だった僕

更には企画前段階からご協力して下さった夕張の方々、企画前日から足を運んでくれたAirbnbホストの皆さま、当日参加して下さった皆さまなど・・・。よく考えたらすごい縁だなあと思います。

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出会って間もありませんでしたが、まず出会ったばかりの中心メンバーである程度共鳴するものがあったからとりあえずやれたんだと思います!一人でも欠けていたら今回の企画は生まれることはありませんでした。

今回のAirbnbミートアップ夕張は、おおげさにいえば僕らがいなければ生まれなかった歴史なんですよね。

また色々な出会いがあり、小さな一歩も後々の大きな一歩に繋がることもあるかもしれません。

人生は一度きり。自分がいたから生まれた歴史を作ってこそ

別に後世に語り継がれるような大げさなものでなくても「自分がいなければ生まれなかった歴史」

っていうのをたくさん作っていきたいですよねー!人間いつ死ぬか分かりませんし、一度きりの人生なので。

一見すると無理そうなことこそチャレンジしていきたいなーと、今回のミートアップを通じて思いました。

なによりこうして素敵な方々と一緒の時間を過ごせたことを本当に嬉しく思います!

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SMAPを見てて思った、逃げる勇気の大切さ

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どーも、冨安です。

SMAPの謝罪会見は衝撃でしたね。

普段はテレビは見ない僕ですら、気になってしまいました。

キムタク以外のメンバーの煮え切らない感じの表情からは、芸能界の闇を感じる次第でした。

ベッキーの件もみてて思いましたが、芸能界は本当に大変そうですね。

闇が深そうです。

反乱者を公開処刑するかのような光景は、恐怖政治にしか感じられません。どの世界も変わりたい人・変わりたくない人の縄張り争いだらけ、なのかもしれませんね。

でもこうしたニュースが大きなトピックになるあたり、日本は平和で素晴らしい国という証拠かもしれません。

安倍晋三さんも

「SMAPが解散しなくて良かったです。」

と国会で言っています。日本は本当に平和ですね。

そして僕は芸能界に参入しなくてよかった、

そう思います笑。

何事も続けるより、辞める決断の方が難しい。

SMAPに限らず、多くの人にあてはまることで、何事も続けるより、辞める決断をする方が難しいものだと思いました。

例えば僕は公務員は1年間でパッと辞める決断をしましたが、エネルギーのいることでした。

辞めるよりも惰性的にダラダラと続ける方が、よっぽど簡単だったと思います。

例えば会社などの組織で、これまでやってきた事業を辞める決断もなかなか出来ないものではないでしょうか?

意味がないと分かっていながら、ダラダラと今までやってきたから、という理由だけでやっている事業もたくさんあると思います。

サンクコスト、とも言われる考え方です。

埋没費用(まいぼつひよう)とは、事業や行為に投下した資金・労力のうち、事業や行為の撤退・縮小・中止によっても戻って来ない投下資金または投下した労力をいう。サンク・コスト (sunk cost) ともいう。

Wikipediaより

このサンクコストなどを考えてしまい、撤退するべき事業を辞める決断が出来ず、衰退している大企業や地域は多いのではないでしょうか?

ブラック企業で社畜!という人はなんで会社を辞めないんだろう?

同じ話でブラック企業、と自身で思うような組織で社畜、と言う方もたくさんいる世の中だと思います。

僕は合わない、と思ったことはパッぱと辞める決断をしているので、そんなグチグチ言うのに何で辞めないんだろう?

と疑問に思います。

僕の場合は根性がないだけの可能性が高いですが・・・。

ブラック企業の例も物事は続けるよりも、辞める決断をする方が難しいということを表していますよね。

SMAPと比較するのもおかしいんですけど。。

辞める決断・その後の行動を実行するためには、本当にエネルギーがいると振り返って思います。

でも結果として若いうちに、常識に反した決断をしてきて良かったと考えています。

逃げる勇気、捨てる勇気

日本では我慢をすることが美徳とされていますが、本当にそうでしょうか?

ある組織にいると、その世界が全て!他に選択肢はない!

と思ってしまいがちだと思います。そしてなかなか逃げる、という決断をすることが出来ない。

でも案外選択肢はたくさんあり、色んな居場所があるものだと思います。

惰性的に続けることに勇気は入りませんが、

逆に、

逃げる・辞める・捨てるっていう決断は勇気がないと出来ないと思います。

ドラゴンクエストにも必ず「逃げる」というコマンドがあります。

勝てない敵からは、逃げないと死んでしまいますからね。

リアルの世界も死ぬくらいなら、何事も逃げた方がいいと思います。やりたいことを我慢している間に死んでしまったら悔いが残りますからね。

もちろん立ち向かうことも大切ですが、時には逃げる勇気も大切なのではないでしょうか?

時に逃げる勇気も必要だ。生きるためにはな。

聖闘士星矢 栄斗

 

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今、ここにくるまで

どーも、冨安です。

僕自身もともと神奈川県出身であり、前職が公務員という中で、

「なんでいま、夕張にいるの?」

ということは当然ながら不思議がられて、よく聞かれることです。

でも

「なんでいま、夕張にいるの?」

という問い対して、一言では言うことができない経緯や考え方があり、それを自分でも整理しきれていないため、

それを言語化もできていないまま、いまに至っています。

先日たまたま移住者枠で取材を受けてから、

「なんでいま、夕張にいるんだろう?」

と考えてみて、

なんで地方に行こうと思ったんだっけ?

なんで就職しないような生き方をしてみようと思ったんだっけ?

かつて大学生だった頃からのことを思い出し、

未だに自分でも分かっていないけれども、これまでの行動と考え方が繋がってくる気がしてきました。

今、ここにくるまでのこと、

簡単に振り返ってみても、あの場面であの場所に行っていなかったら、今ここにはいないかもしれない。

あの人と出会っていなければ、ここにはいないかもしれない。

そんなことがたくさんあります。

面白そうだから、振り返ってみたいと思います。

僕が悩んだりしながら行動してきたことが、同じようなことで悩んでいる1人でも多くの誰かに、役立てばいいなと思います。

まずシリーズ①は、大学4年生編の春からスタートします。

そうですね。

別に読まなくていいと思います!笑

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自分が想像外のことをしている時が面白い。夕張地下組織モロー会に参入してきた

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どーも、冨安です。

4年くらい前に北海道に来てからもそうですが、今も夕張にいて、

何で自分今、夕張にいるんだろうな?とよく不思議に思います。

当然多くの人にも、

何で夕張にいるの?

と聞かれることもあるんですが、僕が聞きたいです。

何で夕張にいるんですかね?

これは僕が普通に東京の方で学生してた頃は考えられないことです。

しかしまじめにこんなことを考え過ぎても仕方ないですから、

ま、いっか。

で片付けます。

夕張に来てなぜか縁遠きバンドに参入した

そして夕張に来ても、

なぜ僕はこんなことをやっているんだ?

と思うことはたくさんあります。

先日は、夕張の地下組織モロー会のバンドになぜか加わりました。

ここに至るまでも、不思議な人の縁が繋がりに繋がらなければ、やっていません。

あの時、あの場所に顔を出していなかったら、誰々とも知り合ってないだろうし、

ここにはいないな・・そんなことがたくさんあります。

でも偶然にも知り合ったから、ここにいるんだよなあーみたいな。

夕張に来て、人間の繋がりの不思議さを感じることは凄く多いです。

音楽には大して興味もありませんので、楽器もできませんけども。

シャネルズのランナウェイなどワンポイントでやっただけなのですが、こうしたよく分からないことをやっている、

訳の分からない時間に面白さを感じます。

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基本的にテンション低めでやる気がない感じの人間ですが、

こういう舞台では緊張あまりせず、何かをやらかしたくなる・・。

爪痕を残すことはできたのではないかと思います笑

想定外、行き当たりばったり

人生こればっかりは、もちろんダメだと思いますが、

想定外、行き当たりばったり

とても好きです。

旅とかであると思うのですが、想定外のことに出くわした時の、

やばい・・どうしよう・・

みたいなドキドキ感や緊張感。

自分はいったい今なぜこれをやっているんだろう?

みたいな訳分からない感じ。

好きなんですよね。

本当にやばい想定外は憂鬱になりますが。。

なぜかは自分でもよく分かりませんが、

自分の意思で北海道にきて夕張にも来ているのは間違いなくて、

自分の意思で行動してたら、遭遇する想定外の出来事。

こういうのは本当に面白いですよね。

これは自分の意思じゃなかったら、ぐちぐち言いたくもなること多いのかもしれません。

色んな選択が日々ありますが、自由な選択が出来ない時だって、いつ来てもおかしくないものだと思います。

いつ死んでも後悔のないように生きていきたいですね。

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B型人間のモチベーション

どーも、冨安です。

そこまで信用してないのですが、よく出回っている血液型系の人間診断みたいのは

たまにやってしまいまして、不思議なことに割と当たっている気がします。

自分がどんな人間なのか、みたいなことは他人が決めることなので、当たってるかなんて分かりませんが。

血液型の違いによるモチベーションあるある!|モチベーション向上の法則

先日この記事を見ていたら割と当たっている気がして面白かったです!

ちなみに僕はB型です。

B型人間のモチベーションを引用して紹介します。

B型の人のモチベーションの特徴

B型人間

当てはまるもの、あてはまらないものと色々ですが。

無駄に1つ1つ考えてみたいと思います。

分かります。

特にまわりがやる気満々だとやる気がでない感じ。

まわりがやる気満々だと、

お、俺べつにいる必要性なさそうだな?

とか考えてしまうことはあるかもしれません。積極性あまりないです。

後は例えばサッカーWカップみたいな、日本の誰もが注目して賑わう行事とかやる気でないです。

Wカップの時期は見ないで、タイミングをずらして後で結局みて1人で楽しむみたいな。

いずれも好きな言葉です。

後は「てきとー」とか。

あるので気をつけるようにしてます。

どうなんですかね?

はまっていたことにいきなり飽きることはあるかもしれません。

これはかなりあります。

興味ないことを間違えてやって、人を巻き込むようなことで迷惑かけて怒られることあります。

興味がないことや合わないだろうと思うことは、まずやらないように気をつけています。

そうですね。

このブログとか、僕のどうでもいいことやこだわりの集大成です。

自分じゃ分からないな。

これはすごいあります。

人生振り返ってみても基本的に1人行動主体で、ここ数年顕著です笑

自分から声をかけて友達と遊びに行く、みたいな行為を数年していない気がします。

パーソナルスペースないとダメです。大人数のシェアハウスとか無理です。

分かります。

歩く方向変えますよね笑

地元のスーパーとかではないけど、イオンとかであります。

くくられたくないというか、普通こうでしょ!

とか常識的に考えてこうでしょ!

て言われるのは嫌いです。

まわりからしたら付き合いづらい人間なんでしょうね。

血液型の違いによるモチベーションあるある!|モチベーション向上の法則

B型人間

 

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もはや接点なき育ちの地、横浜と俺。小中高校から社会人まで共に育って、同じ地域で暮らすのってどんな感じなのかな?と夕張にいて思う。

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どーも、富安です。

お盆ということでいかがお過ごしでしょうか?

僕は実家は横浜でして、お盆は混雑するし飛行機代も高いので、移動はしないのが1番だと思い夕張にいます。

何でもない普通の時に時々東京方面に行きます。

お盆はここ2、3年は北海道で過ごしていますが、お盆の時って田舎は帰省している人たちがたくさんいるから、いつもより少しにぎやかです。

見慣れない子連れの若い夫婦が結構、町を歩いてたりしますよね。

お祭りとかでも社会人になった人が休暇で戻ってきて、親子くらいの世代の人たちと仕事の話に華を咲かせるみたいな光景も見かけます。

「ああ、帰省しているんだなー」

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なんて思いながら、例えば今なら

夕張を育った人はどこか違う町に住んでいるのに、

夕張に縁もゆかりもない僕がこの町に何で住んでいるんだろうな?

何てこととか思いますねー。

不思議ですよね。

この時期に思う田舎で育つ良さ

お盆期間などは、田舎の地域で育つことに羨ましさを感じることがあります。

何かこう、久しぶりに戻って地域ぐるみで居場所がある感じでしょうか?

僕は横浜の上星川ってところで育ったのですが、中学から地元からは離れた学校に行ってたりして

地元があるんだか、ないんだかよく分からないくらいな感じなんですよね。

上星川に行っても、

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なんてことも、まあないですよ。

都会と地方の町だと、地域への帰属意識や規模感が全然違うので当たり前なのですが。

都会は学校だったり会社だったりサークルだったり部活だったりで、コミュニティや人の繋がりがあり

地域との関わりはないんですよね。

僕の場合は小学校で地元の関わり切れてて、横浜と接点全然ない!

もはや育った横浜よりも、3年くらい住んでいた平取町の方が地元感は遥かにあるでしょう。

東京周辺の知り合いと、東京周辺で会ったりする形になりますね。

これはこれでいいのですが、田舎の戻ってこれる地域がある感じ、は羨ましく思います!

小中高から社会人になっても、同じ町で過ごすのってどんな感じなんだろう?

田舎だと小学校から高校までずっと一緒で、社会人になっても地元で働いてたら、本当にずっと一緒じゃないですか?

それこそ同級生と結婚して、とか例えばあって幼い頃からの付き合いが大人になっても続き・・・。

みたいなのが僕の場合は、あり得ない世界なので想像つかないんですよね。

全然育ちと縁もゆかりのない北海道にいるのもあるのですが。

どんな感じなんだろうなあ?

って想像するんですよ(笑)

例えば、

小学校からの付き合いの人と職場で同僚?

商売で競合他社?

一緒にまちづくり?

想像していると、面倒くさそうでもあるけど面白そうだな!とも思います!

よそから来て、客観的に田舎の地域ならでの付き合いと見ていると、僕にはこういう地元がないから羨ましく思いますねー。

ただ僕の場合は、そういう環境だと居心地良すぎてアウェーに飛び込んでいけなくなっちゃう気がするので、永遠にアウェーに飛び込み続ける人生を続けたいと思います(笑)

本記事を読んだ方にも都会で育った方、田舎で育った方、色んな方がいらっしゃると思いますが地元との繋がりはいかがでしょうか?

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ブログが継続するタイプの人。何となく数年ぶりにmixiを開いて、自己開示が苦手なのが相変わらずで、だからブログ続いてるんだなと思った。

どーも、冨安です。

さっき何となく、数年放置していたmixiにログインしてみました!

奇跡的にパスワードとメールアドレスが一致しまして、ログインに成功しました。

mixiって確か僕が大学生の頃に流行り始めたんですよね。

当時はスマホはまだなくて、ガラケーの時代。

今は当然のようにある、FacebookもLINEもなくて、赤外線通信が重宝されてた気がします。

でももう携帯のメールアドレスを交換することとかほぼないですよね。

大学に入ってmixiをやりはじめて6、7年がたったくらいですが、時代はすごく変わったんだなあと思いました。

もはや使ってる人を見ないけど、結構流行ってたmixi。

もうさすがに、使ってる人も見ないのですが僕が大学生4年の時くらいまでは、割りと使ってる人はたくさんいました。

大学4年くらいの時にTwitterが流行り始めたかな。

mixiといえば周囲と繋がって、日記機能でコミュニケーションとったりする感覚が斬新だった記憶があります。

イイネはないけど、コメント機能はありましたよねー。

それで今もこうしてブログが継続していることにも通じるのですが、mixiでもちょくちょく日記を書いてたんですよねー。

大学の時ですので、単位がやばい話やホッケーなどについてが主な感じですね・・振り返って見てみると・・。

大学の時はホッケーというスポーツをやっていました。

大学1年の時は、埼玉県の志木駅から富士見というグラウンドまで、1時間はかからないまでも、かなりのサイクリングロードがありましてそうした写真が出て来て、

久しぶりに大学の記憶が蘇りました。

昔の自分の文章を読むのは、面白くもあり、恥ずかしくもあります。

でも当時の自分を見れる、という意味では日記や文章を残しとくのって面白いなあーって思いました。

行間の使い方は上手いんじゃないかなと、当時の自分に思いました(笑)

当時から変わらない、mixiやブログが継続する「自己開示が苦手」という人間性。

mixiみたいな場所で日記を書いて、

僕はmixiの次は、アメブロだったんですよね。

そして今のワードプレスのブログに至るっていう。

ワードプレスで本格的にブログをやる前から、ブログ自体が向いている人間だったのかもしれません。

媒体は違えど、何となく自分のことをアウトプットする場所を求めている、という点で大学時代も今も変わらないと思います。

僕はそんなよくしゃべる人間ではなく、「自己開示は苦手」でして

だいたい人の話は聞いている側ですね。

聞かれればしゃべるのですが、聞かれもしないことは自分からは特にしゃべらないというか。

結果として、だいたい人の話を聞いていることが多くなります。

さらに昔からずっと人に相談する、という行為がとても苦手でして、だいたい1人で考えて悩み、自分で決めます。

ただそうして1人で溜め込むものは、どこかで発散する必要があります。

そこで僕のような人間に向いていたのが、mixiやブログでした。

誰に言ったらいいか分からないようなことを、アウトプットする場所なんですねきっと。

大学の時のmixiの日記と、今のブログと内容は比較にならないものですが、特に誰かにしゃべることもない自分の考えをアウトプットする貴重な場所ということには変わりありません。

たぶん僕がよくしゃべる人間だったら、今のブログは存在しないだろうと思います。

例えば3月に公務員を辞めるときも、誰かに相談ってほぼしてません。

本当に1部で、1人か2人かレベルでしょうか笑

後は辞めます、っていう決めた報告をしたくらいで。

これだから、時々長文書かないといけなくなっちゃうんですねきっと!

ブログが続く人には色んなタイプの人がいると思いますが、僕みたいな「自己開示が苦手」だから続く人も一定層いるんじゃないかなと思います。

きっとFacebookでよく長文を書くタイプの方とかもブログ向いてますよね。

おしゃべりな人には、ブログという場は必要ないけど

僕みたいな、あまりしゃべらない人間にはブログという場は必要なんですねきっと。

こういう人間性は特に変える気もないのですが、一生こんな感じなんだろうなと思います。

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21世紀の自由論。生存は保証されない自由、生存は保証される不自由。どっちがいいです??

どーも、冨安です。

今まで、あまり思想、政治や歴史の話は興味がなくて、そういう類の本もそこまで読んだことがありませんでした。

ただ去年くらいから世界史に興味を持ち始めまして、歴史って面白いな!

と発見しました!

ただどうにも思想的な話は、全く分からなかったんですよね。

リベラルとか保守派とか右とか左とか、政治的な話は苦手です。

小難しくて。

ただ最近、適当に読んでいた本が自分の中で、色々とリンクしてきて、少しは分かるようになってきた気がします!

21世紀の自由論―「優しいリアリズム」の時代へ (NHK出版新書 459)

上記の本は、ジャーナリストの佐々木俊尚さんの「21世紀の自由論」という本。

本書は例えば、格差、原発の問題、憲法改正の問題などの現在の社会が抱えている問題に対して

どんな立ち位置の人が、どんな考え方をしているのか?

さらにそれぞれの立場にどんな問題があり、

ではどうやって諸問題を乗り越えて、これからの社会をつくっていこうか?

というテーマです。

これだけ読んでも、いまいち頭に入ってこなかったと思うのですが、

(日本人)

世界史の極意 (NHK出版新書 451)

以前、読んでいた上記2冊に共通するものがあり、

難しい政治の話も、自分の中で何も分からない状態からは、少し腑に落ちてきました。

こういうテーマって、日本人は自分の考え方を言わない、または話し合ったりしない、

空気感があるような気がしまして、僕もこういうテーマを同世代とかと話すことはほとんどないです。

例えば、政治的な話などで自分の考え方を皆さまはお持ちでしょうか?

僕は「よく分からない」で誤魔化してた類の人間ですねー。

たまにはしっかり考えて、アウトプットしてみようと思います。

信じれる「大きな物語」がない今の日本。

グローバル化している現在の社会では、貧困や格差などが広がり、

社会不安は大きく広がっています。

そうした現代の問題は、「大きな物語」がないこと。

「大きな物語」については「世界史の極意」から。

  • 「大きな物語」とは、社会全体で共有できるような価値や思想の体系のこと。「長い一九世紀」の時代であれば、「人類は無限に進歩する」とか「民主主義や科学技術の発展が人々を幸せにする」というお話が「大きな物語」です。

例えば、戦後の日本は、「経済成長」が「大きな物語」に当てはまると思います。

右肩上がりの経済成長を前提にした「年功序列」や「終身雇用」というシステム、

老後は退職金がっぽりもらって、年金生活みたいな。

これが戦後からバブルが弾けるくらいまでの「大きな物語」に当てはまると思います。

海外だったら、「大きな物語」は宗教が強いのかもしれません。

例えば何かあれば、神様が助けてくれる!というような。

大きな物語がなくなったら、どうなっちゃうの?

「経済成長」という大きな物語は完全に消え去ったのが、今現在、僕らが生きている世の中だと思います。

老後は何も保障されてないし、

大企業入っていればOKということもなくなりました。

資本主義がグローバル化すると、何が起きるのでしょうか?

こちらも「世界史の極意」から。

  • 帝国主義の時代には、資本主義がグローバル化していくため、国内では貧困や格差拡大という現象が現れます。富や権力の偏在がもたらす社会不安や精神の空洞化は、社会的な紐帯を解体し、砂粒のような個人の孤立化をもたらします。そこで国家は、ナショナリズムによって人びとの統合を図ることになります。

  • その結果、何が起きたか。排外主義的な書籍やヘイトスピーチの氾濫です。

  • 序章でも述べたとおり、その結果、いまや貧困かつ粗雑な歴史観が跋扈し、それがヘイトスピーチや極端な自国至上史観として現れています。

「経済成長」という信じれる物語がなくなり、

格差や貧困が広がる結果として、ヘイトスピーチなどの極端なことが氾濫します。

ではなぜ、日本でヘイトスピーチみたいな極端なことが氾濫するのでしょうか?

  • 私の世代以降の日本の知識人は、「大きな物語」の批判ばかりを繰り返し、「大きな物語」をつくる作業を怠ってきてしまいました。
  • 人間は本質的に物語を好みます。ですから、知識人が「大きな物語」をつくって提示しなければ、その間隙をグロテスクな物語が埋めてしまうのです。

なぜ知識人は、「大きな物語」をつくる作業を怠ってしまったのでしょうか?

1955年から始まった、自民党の「55年体制」が大きく関係しています。

佐々木俊尚さんの「21世紀の自由論」より

  • 総中流の構造に、メディア空間も引きずられた。安定している社会を支えているのは、 自民党であり、財界であり、官僚である。つまり官僚と企業と政府自民党という三位一体が日本の総中流社会を支えるという堅固な基盤があり、そこでメディアや野党の側が何ができるかというと、「反権力」という監視役としての役割でしかなかった。
  • 強者対弱者というような、非常にわかりやすい水戸黄門的な勧善懲悪の構図が色濃く抽出されていた。
  • しかし政治的・思想的な対立軸がこのような安易な勧善懲悪では、有効な議論はできない。なぜなら勧善懲悪では、市民やメディアが一方的な善になってしまい、しかしその善であるという思想的な背景は何もないからだ。単に反権力であるということでしか担保されていないのである。では反権力の側が政権を握り、責任を負ったらどうなるのか? ということは誰も考えなかった。

「国家権力」や「経済成長」という大きな物語を批判ばかりして、それに変わる政治的な考え方も具体策もなかったこと。

メディアも機能していなかったこと。

それはメディアの野党も「反権力」の立ち位置しかなったから。だった。

教育も関係していると思います。

このような状況で、1955年からの55年体制で進み、

誰も明確に進むべき道を示すことができないのが、今の日本なのかなと思います。

そして生まれる、個人が生きる小さな物語

格差が助長して、雇用の安定がなくなり

より自己責任で生きていくことが求められるようになります。

ある意味で、自由。

個人の自由や福祉を重要だとみなす、「リベラリズム」という考え方。

「経済成長」という大きな物語の中で、みんなで頑張ろう!

→→→

自身が、自分らしく生きていこう、

という「小さな物語」の中で自由に、生きていく流れに変わってきます。

ただこの「小さな物語」も自由なようで、責任が伴うし、大きな不安も付き物。

佐々木俊尚さんの「21世紀の自由論」より。

人生はつらい。ままならないことが多い。無理に選択をしても、失敗に終わることはあ る。

いや、失敗に終わることの方が多いかもしれない。その時に自由であるがゆえの自己責任を問われるよりは、神に責任を負ってもらう方がどれだけ楽なことか。

それでも無理に選択を迫られると、自由な選択などできない人たちは、結果的には他者とのつながりを求めて、他者と同じようなものを選び取ってしまうことになる。

そしてこれは社会の多様性を失わせ、みんな同じにしてしまう。リベラリズムは社会の多様性を求めていたはずなのに、自由への圧力によって多様性が失われるという、なんとも不思議なジレンマが起きてしまう。

僕も公務員辞めて、自由な立場でチャレンジしてるけど、ホント今後どうなるか分からないです。

ワンピースやNARUTOは、主人公みたいに、なりたくてもなれない多くの人を描写して

多くの人にとって、理想像なのかもしれませんね。

それで人気なのかな。

主人公が、夢に向かって、より自分らしく突き進んで、自己実現をしていく!

みたいなテーマですよね。

地元で仲良く!コミュニタリアニズム。

自由、というのは実際にはリスクや責任を伴い、いざ自由になるとどうすればいいか分からなくなったりします。

リベラリズムは、本当は存在しない「普遍的なもの」「理想的な個人」を目指した。でも近代ヨーロッパが衰退して、普遍の幻想は崩壊している。「普遍的なもの」がないのに自由な選択だけを求められることは、不安しか招かない。だから二十一世紀にリベラリズ ムは成り立たない。

そうした中で、古き良き時代の日本。

貨幣でのみ繋がった都会的繋がり→田舎的な繋がり

「コミュニタリアニズム」という考え方が広がります。

幻想の「理想の個人」ではなく、小さな共同体のみんなが善く生きられるような社会を目指した方が現実的なのではないだろうか。コミュニタリアニズムはそういう考え方をとる。

マイルドヤンキーと言われる層などそうかと思います。

地元で仲良くやっていこう!みたいな。

「コミュニタリアニズム」は排他的になりがち、という問題を抱えています。

  • コミュニタリアニズムや保守は、普遍や理想ではなく、古くからの歴史や伝統や共同体に価値を見いだし、共同体に参加することに価値があると考えた。
  • でもこれは内と外のあいだに壁をつくって、外側を排除してしまう。「参加を求める」というのは、「参加できない人は排除する」という論理とつながっているのだ。

実際に、僕自身も地方に住んでみて、大なり小なり排他的な部分はあると感じています。

でもグローバル空間では、そんなローカルルールも少しづつ揺さぶられます。

「日本人」での記載。

  • 圧倒的な〈他者〉がいなければ社会はグローバル空間にはならず、ひとびとはローカルルールにしがみつこうとする。これが、日本社会がなかなか変われない理由だ
  • しかしいま、ローカルな共同体は周辺から侵食され、揺れ動いている。政治や行政・会社などの旧来の組織が機能不全を起こすことで日本社会を覆う伽藍に亀裂が走り、あちこちにバザール空間が開けていく。
  • 個人にとっても国家にとっても、そこがグローバル空間であるならば、ローカルな正義をいくら主張しても勝ち目はない。自らの利益を守ろうとするのなら、リベラルデモクラシーの土俵で相手と対等に議論しなければならない

バザール空間は、開放空間を意味します。

対局にあるのが、閉鎖空間。

組織によりけりですが、大企業や役所は、その組織ならではの文化があり、閉鎖空間なのかなと思います。

  • 「自己表現度」の高い国はすべて英語圏(アングロサクソン国)と北欧などヨーロッパのプロテスタント圏だ。これらの国は、自由と自己責任が一体となった〝バザールの論理〟で社会が営まれている。それに対して日本は責任のとれない社会(無責任社会)で、そのことが自由に生きることを阻んでいる。

そして、これからの時代はどうなる??

市場原理でグローバル化が進めば、ローカルルールは揺さぶられ

格差や貧富の差は広がります。

より自己責任で生きていくことが求められるのかなと思います。

ただ人間、そんな市場原理だけでなく感情で揺れ動く世界。

佐々木俊尚さんの「21世紀の自由論」では

「優しいリアリズム」

という方向性が提案されています。

  • 人間社会は「理」や「論」だけで動いているわけではない。強い論理が社会の原理として駆動する裏側では、情が地層の奥深くを流れていて、つまりは論理と情が表裏一体となっている。
  • いま日本にはグローバリゼーションという極めつけの論理が押し寄せ、「情」をどこで確保すればいいのかがわからなくなっている。この結果、一方には強い論理があって論理だけで押し通す世界と、ひたすら「情」に頼り切り、ノスタルジーや自分の皮膚感覚だけを根拠に非論理的な言説を打ち出す世界に二分されてしまっている。
  • 正義を訴えて戦っている者たちも左右の両極端にいるが、その両極端に与することは何の利益ももたらさない。両極端に目を奪われることなく、そのあいだの中間領域のグレー の部分を引き受けて、グレーをマネジメントすること。その際、人々の感情や不安、喜びを決して忘れないこと。これこそが優しいリアリズムである。

「生存は保証されていないが、自由」と「自由ではないが、生存は保証されている」のどちらを選択する?

「21世紀の自由論」の中の問いです。

極端な問いではあるのですが、皆さまだったらどっちをとりますか?

今はIT技術の進化で、個人でも稼ぐ手段は多様化していると思います。

僕は完全に、前者で

「生存は保証されていないが、自由」

を選択しました。

実際には、かなりリスキーな状況です。

最悪、餓死することはない、

と思っていて、死ななければ、危機的な状況になっても再生はできるはずだと考えています笑。

グローバル化した世界は、格差は生み出しますが、ローカルな空間よりも

「フラットな世界」

だと思います。

自分が実績を出せれば、可能性は切り開けるし。

実力がなければ、消えていくだけだし。

この「フラットな世界」で自分どれだけやれるのかなー?ってチャレンジしてみたいとは思いますね。

実力がなくて負けるならしょうがないので、それは受け入れることができます。

ただ腑に落ちない組織のローカルルールだとかは、あまり受け入れることができません。

という感じで、どちらかといえばドライかもしれません。

皆さまはいかがでしょうか?

さて、

上記3冊から、僕の頭の中にあるごちゃごちゃしたものを整理してみたけど・・、相変わらずごちゃごちゃしている感じです・・。

僕自身これまで、こうした政治的な話は自分の考え方はそこまで持っていなくて、なんでかってそういう機会が全然なくて

ビックリするくらい政治的なテーマを考えたり話し合う機会が日本はないのかもしれません。

とりあえず自分なりに考えたことからアウトプットしてみようと思います。

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