本・書籍

今、個に求められるコミュニティーを育てる力。人生の勝算レビュー

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どーも、冨安です。

最近読書する時間がなくなっていたのですが、読書は楽しいのでちゃんと読書する時間は設けていきたいですね。

最近読んだ本でこれからの自分にも必要なことが詰まっていた人生の勝算という本を紹介します。

人生の勝算 (NewsPicks Book)

今、最も注目される若き起業家が生きていくための路上ライブで身につけた人生とビジネスの本質をすべて明かす―。

SNS時代を生き抜く為に必要な〝コミュニティ〟とは何か。
SNSの次の潮流である、ライブ配信サービスの最前線はどこか。

アーティスト、アイドル、モデルなどの配信が無料で視聴・応援できる。そして、誰でも配信者になれる。画期的な仮想ライブ空間の「SHOWROOM」を創り出した前田裕二の全思考。

「勝算なんて何の根拠もないことを、この若き経営者は知っている。だから、前田裕二を信じた。」
――秋元康

秋元さんが〝堀江以来の天才がいる〟というから会ってみたら、本当だった。
――堀江貴文

内容紹介より

ビジネスだけではなく、人生そのものの勝算をどうやって持つか?

 

厳しい幼少時代を経て、コミュニティづくりを後押しする「SHOWROOM」で起業した著者がそのエッセンスを伝えています。

この本を通じて伝えたいことは、大きく三つです。絆の大切さ、努力の大切さ、そして、人生という壮大な航海において「コンパス」を持つことの大切さ、です。読み進めるにあたって、何度もこの三つの命題に触れていただくことになります

絆の大切さ、努力の大切さ、人生のコンパスを持つこと。

この3点についての書かれていますが、今回は絆の大切さ、コミュニティづくりについて触れたいと思います。

なぜこれからの時代、コミュニティづくりが重要か?

モノ消費からコト消費へ。

最近よく聞く言葉ですよね。

ただただモノを消費するのではなく、そのモノから生まれる自分だけのストーリーを消費する。

時代が変わり、経済が変わり、僕たちを取り巻く環境が変わるなかで消費の在り方も変わっている。

そこでこれからの時代、あらゆる個人や組織に求められるのがコミュニティづくり。一回きりの消費ではなく継続的にかかわってくれるファンであり、その集合体であるコミュニティーをどうやって育んでいくか?

例えば僕は最近ドローンに関する取り組みをやっていますが、ここでもコミュニティづくりは非常に大事だと思っています。

イベントを開催したとして最初に来てくれた人がファンになってくれて、一緒に企画をやることになったり新しい人を連れてきてくれたり。

お客さんだった人が気がつけば常連になり、常連さんがお店を盛り上げてくれる。

こうした循環が生まれることは、コミュニティづくりが上手くいっている証拠だと思います。

できてないので頑張らないといけないところ。

なぜコミュニティづくりが重要が著書から。

8歳のときに両親を失って以来、連続して、いくつかの逆境を経験しました。その中でも、お金に関して不自由であったことは、自分自身、大きなコンプレックスでした。

アルバイトをしようにも、小学生だから雇ってもらえない。お金を稼ぐために、色々な手段を検討したのですが、最も自分に適していたのが、路上で弾き語りをし、そこで道行く人を感動させて、おひねりをもらうこと

お客さんがギターケースにお金を入れる理由が、「歌が上手だったから」という表層的なコンテンツ起因ではなく、「心が揺れ動いたから、通じ合ったから」という感情起因であれば、松田聖子さんにも勝てるかもしれない

最初は0だったお客さんと自分の間にある絆が、時間をかけて、じっくりと育っていく。当初は誰も興味を持たなかったオリジナル曲に、いわば「絆」という名の魔法をかけて、まったく別の価値ある曲に昇華する。こうして、いくつものストーリーを共有するうちに、お客さんは、決して裏切ることのない常連さんになっていきます。  この魔法によって生みだされるのが、「コミュニティ」と呼ばれる、絆の集合体です。コミュニティ形成は、これから、どんな種類のビジネスにおいても、外せない鍵になると思っています。理由は二つあります

第一に、コミュニティには、現代人が価値を感じる要素が詰まっているからです。表層的なコンテンツ価値以上に、絆、すなわち、心への強い紐付きや、裏側にあるストーリーに価値を感じて人が消費をすることは、前述の弾き語りの事例でお伝えした通りです

第二に、絆やコミュニティ作りの成功において、先天的な要因はほとんど関係がないからです。コミュニティの成功に影響を与える最大変数は、後天的な努力の絶対量です。

書いてあるように現代人は表層的なコンテンツ以上に、その裏側にあるストーリーや心の繋がりを求めている。

だから企業にしろNPOにしろ、製品や活動のストーリーをいかに伝えるか?

という部分が重要なのだろうと思います。

なぜスナックは潰れないか?

そしてコミュニティづくりにより成り立っているのがスナックとして事例を挙げています。

スナックに行くとすぐに気付くことですが、スナックには、それほど特別なお酒もなければ、美味しい料理もありません。大体、ごく簡単な乾き物が出てきたり、ママが作ったアットホームな煮物が出てきたりするくらいです。

ここで重要なのが、お客さんは、これら表層的な何かを求めてスナックを訪れているわけではい、ということです。つまり、目的が明確な「モノ消費」ではない。

廃れゆく商店街の中で、スナックがなぜ最後まで潰れないのか、という議論がありますが、これには、大きく二つの背景があります。第一に、人がスナックにお金を払う背景には「ヒト」が深く関わっていること。第二に、「モノ」ではなく「ヒト」が消費理由になる場合、そこには「絆」という対価が生じているので、ちょっとやそっとではその価値が消滅しにくい、ということです

スナックでは、ママとの人間的な繫がりや、絆の対価として、お金を払います。

確かに地方に住んでいて、なぜスナックは点在しているのか不思議ですよね。

特別な料理が出るわけでもないのに、やたら高いなと感じることもある。

でも衰退する地方でも残ってるスナックには必ず人の繋がりや絆があり、そこで生まれる安心感やコミュニケーションの価値は他で代えがたいものかもしれません。

と、夕張時代を思い出しますw

さらにコミュニティづくりをしていくために重要な5つの要素として、

①余白があること

②クローズドの空間で常連客ができること

③仮想敵を作ること

④秘密やコンテクスト、共通言語を共有すること

⑤共通目的やベクトルを持つこと

これら5つの要素を上げています。

さあ具体的にどういうことなのか?

なんとなく想像はつきますでしょうか?詳しくは著書でw

では今いる上山でコミュニティづくりをするために何ができるか?

AKB48はファンの強固なコミュニティでお馴染みです。

ファンが勝手に推しメンを押し上げるための取り組みしたり、すごいですよね。

AKBにはコミュニティづくりに重要な余白と常連客、という要素が多分に盛り込まれています。

AKBグループにはスナックと同じように「余白」と「常連客」というコミュニティに必須である二大要素がしっかりと存在します。

AKBのメンバーは、多様な余白の宝庫です。余白とは、不完全性であり、つい埋めたくなってしまう要素です

「自分がいなくても、このアイドルやアーティストは成立してしまう」という感覚にオーディエンスがなってしまうと、熱を帯びたコミュニティは生まれにくいのです

絆やコミュニティの熱量を生むには、良質な余白が必要なのです

スナックと同じで「常連客」を「中の人」にできると、コミュニティは一気に強固になります。

キングコングの西野亮廣さんが、『えんとつ町のプペル』という絵本を大ヒットさせたのも、「お客を中の人にした」という背景があったのだと思います。「共犯者を作る」と西野さんはよく言っていますが、一人で作って10万人に売るのは難しいけど、10万人で作れば最低10万人が買うであろう、と。

コミュニティ運営とは、一つの村を作るようなものです。もし村長やリーダーに頼りがいがなかったり、町に何か課題があったとしても(余白の存在)、ずっと同じ村に住み続ける同志として結束して助け合い(常連客の存在)、同じルールを共有して(共通言語の存在)、同じ敵と戦います(仮想敵・共通目的の存在)。

永続する「村」を作るという発想が、あらゆるサービス、あらゆるコンテンツを世に出していく上で重要になると思っています

CDという盤にパッケージされたモノの価値が薄れゆく中でも、アイドルとの近接性や関係性、ストーリーが価値となり、十分な規模のビジネスが生まれました。

僕はいま、岡山県美作市上山で棚田再生に関わっています。

この棚田再生は約10年前に大阪の一人の方が通い始めたことからスタートし、NPO法人英田上山棚田団や一般社団法人上山集楽や上山の住民など多くの人を巻き込み今にいたります。

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放棄地になった土地をここまで再生させることは個人の力では不可能。

もともと上山に住む住民や移住者、大阪など都市部から応援してくれる人など棚田再生を軸とした強固なコミュニティーがあるからこそ、今も取り組みが続けられているのかなと思います。

この僕が関わる上山の棚田再生においても、

①余白があること

②クローズドの空間で常連客ができること

③仮想敵を作ること

④秘密やコンテクスト、共通言語を共有すること

⑤共通目的やベクトルを持つこと

この要素に当てはめてコミュニティづくりやってる部分もあれば、もっとやれる部分もあるのかなと考えたりします。

もしコミュニティづくりが加速すれば、金銭的にも現場的にも余裕ができ、もっと取り組みが加速するかもしれません。

ではそのために、今何をすればいいか?

①泥臭く現場で頑張ること

②情報発信をもっとすること

この2点なのかなと思います。棚田再生自体はお金になる活動ではないし、8300枚の棚田を再生させるってバカげてるけど、そこに夢があって面白い。

例えばこの無謀な夢にチャレンジしているところが上山の余白であり、人を引きつける魅力なのかもしれません。

その現場でやってる人たちの情熱に惹かれて僕は移住しました。

だから現場で泥臭くやってくことが全てかな。僕の場合。

そこをやった上で、情報発信。

なぜなら発信しないと

何をやっているか?

何を考えているか?

伝えることができないので、僕の周りに何も人の繋がりが生まれないからです。

情報発信を日常的にすることは、

①フォロワーとの距離感を縮めること

②新らしいフォロワーを増やすこと

に繋がり、コミュニティを育むことに繋がります。情報発信の目的は人の繋がりをつくること。

だからこそちょっと前のブログで書いたようにブログの更新頻度は重要視したい。

多少雑になっても、ブログ更新頻度を上げます。

ここをサボるかちゃんとやるかは、自分が何かイベントをやるとき、モノを売るとき、事業を立ち上げるときなどいざというシーンでの状況が変わってきます。

たとえば僕は今後ドローンの取り組みも広げていきたいと思っているわけですが、ドローンの取り組みも一人の力では限界があります。だからこそドローンを飛ばしている人、ドローンに関係ない異業種の人と連携することが必須。

そこに良きコミュニティーがあれば、動きやすさが全然違ってきます。

と、思うので情報発信も泥臭くやっていこうかなと思っている次第です。

あなたの身の回りで置き換えてみるといかがでしょうか!?

コミュニティづくりを必要としているシーンが増えていませんか?

コミュニティーづくりについて考えているあなたはぜひ読んでみたら、気づきや発見があると思います。

僕には、人生の勝算があります。(言ってみたい)

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明治時代、発展途上の札幌が舞台! ゴールデンカムイ第6巻

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どーも、冨安です。

日露戦争後の北海道が舞台のサバイバルバトルマンガ「ゴールデンカムイ」。

ゴールデンカムイ 7 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)

北海道の歴史やアイヌ文化が細かく描かれていて、北海道に住んでいることもあり面白く読んでいました!

ただこれは北海道以外の方が読んでも面白いらしく、色々と賞を受賞したりしているそう。

『マンガ大賞』大賞受賞!一攫千金サバイバル漫画「ゴールデンカムイ」がアツイ!【6巻3/18発売】 – NAVER まとめ

隠された金塊を巡るサバイバルバトルマンガですが、当時の北海道なども細かく描かれています。

・明治時代、開拓されたばかりの北海道の歴史が描かれていること

・アイヌ文化についてかなり細かく描写されていること

・歴史的背景にIFの要素が入ったストーリー

この辺りがゴールデンカムイの特徴です。

100年ちょっと前の話なのですが、開拓途中の北海道はアイヌ民族の人たちが現在とは全く異なる暮らしを送っていただろうし、異国だなとこのマンガを見てて思います。

明治時代の内地からみる北海道という存在は、海外みたいな感覚だったのかなと想像します。

個人的にはゴールデンカムイを読んでいて何が面白いかって、身近な土地が出てくることに限ります!

小樽から網走監獄へと向かう主人公一向。

第6巻ではその道中、札幌が舞台!

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(ゴールデンカムイ第6巻より引用)

まだ開拓途中。人口規模も小樽より少なかった札幌

現在は北海道の中心都市として栄え、人口約200万の都市札幌。

ゴールデンカムイの舞台の明治初期は、まだまだ開拓途中。

札幌よりも栄えていたのは、早くから和人が住み着いていた道南の函館、にしん漁で栄えていた小樽などの町。

函館といえばペリーが開国要求をしたときに、開港した町としてもお馴染みですよね!

今の北海道の中心が函館あたりでもおかしくなかった気がしますが、なぜ札幌が中心になったのか?

不思議ですよね。

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札幌という町が生まれたのは明治以降で、現在本州に残るような江戸時代からの歴史や文化を感じる機会は札幌にはありません。

僕が知る限りですが・・・!

札幌で歴史を感じる建築物は、明治以降西洋の建築様式を取り入れた旧北海道庁赤レンガ、時計台、札幌ファクトリーなどでしょうか。

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これが時計台。

がっかりスポットといわれますが、ビルに囲まれちゃってるのがもったいない気がします。

何気に1時間に1回かな?ゴーン!ってなるんですよね。

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こちらが旧北海道庁赤レンガ。

札幌を象徴する場所っていうと、ここなイメージはあるかな。

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こちら明治時代、開拓使により作られたサッポロビールのビール工場!

日本人の手で作られた初のビール工場らしい。

中に入ったことはないのですが、複合型の商業施設になってます。

こんな感じで、僕はゴールデンカムイを見ながら過去、現在の北海道を行ったり来たりすることを楽しんでいます!

100年でこんなに変わるもんなんだなあー、と笑

ゴールデンカムイの世界から約100年が経過して、暮らしも大きく変わった北海道。

これからどのように変化していくのでしょう?

実在した人がモデル!?不敗の牛山という男

第6巻では札幌世界ホテルを舞台にバトルが繰り広げられます。

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ここで出てくるのが敵役ですが「不敗の牛山」という男です。

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この「不敗の牛山」、牛島辰熊 – Wikipediaという実在した人物がモデルっぽいです。

その柔道の荒々しさ、性格の豪放さは語り草で、「鬼の牛島」「不敗の牛島」と謳われ[1]、対戦相手からは「猛虎」と恐れられた[4]。鷲のような眼光鋭い目は、睨まれるだけで射すくめられたという。

朝は60kgあるローラーを牽きながら走り込み、深夜になると裸で大石を抱え上げて筋肉を鍛えた。さらに茶の葉を噛んで自身を奮い立たせ、大木に体当たりを繰り返した。そして仕上げはその大木に帯を縛り付けて背負い投げ千本の打ち込みをした。

試合前夜にはスッポンの血を飲み、当日はマムシの粉を口に含んで試合場に上がる。開始の合図と同時に突進して相手に躍りかかり、徹頭徹尾、攻めて攻めて攻め続ける。この攻撃精神が牛島柔道の信条であり、愛弟子の木村政彦にも受け継がれている。

(Wikipediaより)

マンガの世界のような話ですよね・・!!

史実とIF要素の入ったリアリティーあるストーリーはゴールデンカムイの面白さだよなあ。

そして第6巻に続き、第7巻も既に出ておりますが、第7巻の舞台は僕も住んでいました日高!!!

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もう読んでしまったのですが、苫小牧などが登場して楽しめました!

アイヌ文化にフォーカスを当てているゴールデンカムイ。個人的にはそろそろ僕も住んでいた平取町二風谷あたりが登場するのではないかと期待しております!

冒険家イザベラバード辺りに登場して欲しいなあ。

義経伝説とジンギスカンのうんちくをセットで。

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和人とアイヌ民族が共生、対立したであろう明治時代の北海道を描く「ゴールデンカムイ」の面白さ

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どーも、冨安です。

去年から歴史系のマンガにはまっていまして、日本の歴史を描くマンガ、世界の歴史を描くマンガ、色々と読んでいます。

その1つが日露戦争後の北海道を描く「ゴールデンカムイ」。このマンガが面白いんですよねー。

今5巻まで出てますね。

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アイヌ民族の隠された埋蔵金を巡る冒険。舞台は明治初期の北海道。

ゴールデンカムイの舞台は北海道。

アイヌが隠したとされる埋蔵金を巡るサバイバルバトルが繰り広げられます。

北海道を題材にしたマンガはあるかもしれませんが、明治初期の北海道が舞台のマンガはあまりないと思います。

・明治時代、開拓されたばかりの北海道の歴史が描かれていること

・アイヌ文化についてもかなり細かく描写されていること

・歴史的背景にIFの要素が入ったストーリー

などの要素が魅力。

まず普通にストーリーが面白いのですが、さらに僕が住んでいる北海道が舞台なのでさらに面白い。

例えば5巻だったら舞台は小樽。

*参照:画像はゴールデンカムイKindle版から

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ニシン漬け!!

当時の食文化など、あまり知らなかったりするので「こんな感じだったんだ・・・!!」

と、北海道の文化を改めて、知ることができます。

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このあたりの当時の食文化が、すごくリアルに描かれています。

めっちゃ食ってみたい・・・。

アイヌ文化の画描もリアル。

明治以前の北海道にいたのは、アイヌ民族。

本州とは異なるだろう、アイヌ民族の暮らしもよく描かれています。

ヒロインのアシリパさんが、教えてくれます。

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アットゥシ織物はまだ、アイヌ民族の方々が実際に制作されています。

こうしたアイヌ文化の歴史や文化を引き継ぐ活動は、実際に僕が前住んでいた平取町で行われています。

アイヌ工芸 アットゥシ織

こうした歴史を感じることができる機会は、北海道は少ないかも。

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これはアイヌ民族の部落がある、二風谷という町のチセの中。

チセはアイヌ民族の伝統的な住居で、再現されたチセ群が二風谷にはあります。

和人とアイヌ民族が共生し、対立していたであろう時代を想像させてくれる面白さが「ゴールデンカムイ」

「ゴールデンカムイ」は登場人物も個性あり、面白いですしオチも気になります。

そしてストーリーが面白いこともさることながら、北海道において和人とアイヌ民族が共生し、対立していたと思われる時代が描かれている点も面白い!!

北海道は住んでいて、広大な自然を感じる機会が多い一方で、歴史を感じる機会は少ないと感じています。

戦前の歴史的な遺産は、札幌や小樽方面などあるかもしれません。ですが北海道って戦前はどんな地域だったの!?

ということを知る機会はたぶんすごく少ない。

ちょっと前まで九州いた時は、江戸時代から受け継がれているような文化がたくさんあり、すごく歴史を感じました。

参照:九州と北海道。歴史の長さが生む、町の違い

ですので明治初期の北海道のことを、「ゴールデンカムイ」をみて初めてイメージするようになりました。

おそらくはまだまだ、開拓も進んでおらず、移住してくる和人とアイヌ民族が共存・共生・対立してたであろう時代。

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クマも出てきます。

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北海道に住んでいる方にとっては、北海道を改めて知るキッカケになるはず。

「ゴールデンカムイ」

特に北海道民の方は一読の価値ありだと思いますよ!

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不覚にもダイヤのAの青道VS稲城に感動した。

どーも、冨安です。

最近Amazonプライムビデオで何となく見てみた「ダイヤのA」

ダイヤのA(1)

に不覚にもはまってしまいました。

なんかダイヤのAは、よくあるストーリーですが

主人公の沢村を中心にした名門野球部が甲子園を目指すストーリー。

そこまでの野球を中心にしたリアルな人間関係や成長や葛藤などを描くマンガ。

もう一度、あのミットに投げ込みたい‥・・。 捕手・御幸一也との出会いが、少年の人生を一変させる。沢村栄純15歳。己の力を試すため、仲間に別れを告げ、野球名門校・青道の扉を叩く。そこには己のすべてをかけた誇り高き球児達がいた! 王道にして斬新。感動と興奮の高校野球漫画!!

中学全国大会を目標としていた沢村栄純。最後の大会は自らの暴投で敗退してしまう。仲間とともに高校でリベンジを誓うなか、名門、青道高校野球部からスカウトが来る。見学に訪れた沢村は、いきなりエリート校の洗礼を受けることに! 名キャッチャーの呼び声高い御幸との出会いが沢村の高校野球への情熱を目覚めさせる!!

マンガで少し読んでたんですけど、あまり内容覚えてなかったレベルだったのですが・・。

面白かった!笑

マンガなど滅多に読まないし、ましてアニメで見たのは久しぶりでした。

野球マンガですと、読んだのはドカベンぐらいでした。

ダイヤのAの特徴は、なんかすごいリアルな感じだと思います。

甲子園に出るまでの厳しさや試合がすごいリアルに描かれています。

ドカベンと違って極めて、野球の感じが現実的でドカベンみたいなありえないプレーはないです。

ドカベン (1) (少年チャンピオン・コミックス)

ドカベンの殿馬の「白鳥の湖」とか「秘守 背面取り」「秘打オーバーザレインボー」

とか

岩鬼の「恐怖のスライスOB打法」とか「恋爆愛打」みたいな

すごいじゃないですか!おもしろいからいいんですけど。

サッカーでいえばキャプテン翼的なありえないプレーがないというか。

あと恋愛関係の話はほとんどないかな?

ただただ現実的な高校野球に近いです。

まずは主人公の沢村が1年の時の夏の県予選大会、熱い場面が何度もあります。

それまでのリアルな野球部の描写もあり、感情が入ってしまう。

アニメで見ると、臨場感や緊張感がこれまたあってドキドキしてしまう。

やはり最もしびれたのが、

夏の主人公の沢村のいる青道高校VS稲城実業

夏の西東京地区の県予選大会決勝戦。

1球1球の緊張感が半端なかった

熱かったです!最後の試合後の成宮にもぐっときました

僕はドラマをみても映画をみても泣くことは滅多にないですが、

ラグビーで日本代表の試合で涙を流した人が多かったように、感動しました!

久しぶりにチームスポーツっていいなと想いました。

個人的には、伊佐敷が1番好きです。

そしてAmazonプライムビデオもやはりやばい・・。

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笑えない1冊だった。壮絶なアトピー女性の闘病記「アトピーの女王」

どーも、冨安です。

今日のAmazonのKindleセールの本がこちらの

アトピーの女王

という本でした。

僕も小さい時から今に至るまでアトピーなわけで、下記のようなことも考えてみたりしています。

気がつけば、脱ステロイド。北海道に来たらアトピーがなおった!? – とみやすブログ

で、今回セールだった「アトピーの女王」という本。

学校時代、仕事、恋愛、家族との軋轢、脱ステロイドのジレンマなどなど・・生まれた時から、人生をアトピーに振り回されてきた女性の闘病記です。

重度のアトピーを抱え、ありとあらゆることに、ジレンマを抱えながら生きてきた女性の様子や心理をユーモアを混じえながら、伝えてくれている1冊。

すごいユーモアを交えていて、いいんですけど

大なり小なり似たような経験をした人間からすると、見るに耐えないというか・・。

皮膚という外見に現れるアトピーという病気は、特に女性が患うと本当に辛いだろうなと思います。

アトピー女王のジレンマ

著者の方が経験したアトピーによる、記憶や経験がすごく情景が思い浮かぶかのように記載されています。

アトピーを経験した人なら理解できることで、そうでない人にはよく分からないものなのかなと思います。

アトピーとの付き合いは一歳のときからはじまった。  以後二七年間、この病気と付き合っている。私の人生はアトピーに振り回されてきたといってもいい過ぎじゃない。それどころかアトピーは、私の人格形成にさえ大きな影響を与えてきた。何を大袈裟な、と思われるかもしれないが、それこそがアトピーという謎の疾患のなせる技なのだ。アトピーじゃなかったら性格も違っただろう。人生も全然変わっていただろう。いつも漠然とそんなことを思い、そして落ち込んでしまう。アトピーのせいで失ったものは、どうしたって取り返せない

母親はいつもアトピーの情報を集めていた。そして何か良さそうなことがあればすぐに実行した。何かせずにはいられないみたいだった。母親もまた、私たちをアトピーに産んだことに罪悪感を感じていたのだ。私が痛がったり痒がったりして泣くと、母親は「ごめんね」といってよく泣いた。  私たちは怒りをぶつける場所もなく、お互い罪悪感ばかり感じていた。

 

私の母もそうだったように、アトピーの子供を持った母親の苦労は並大抵じゃない。日々の生活の隅々まで気を配るだけじゃなく、アトピーの子供を産んだために姑などから「お前の血が悪いからだ」と散々イビられるなど、あまりにも辛い現実がそこには横たわっている。

今の時代だったら、もしかしたら子供のアトピーは増えているのかもしれません。

何しろ、そういう時に大変なのは、子供もですが親御さんで、

特に子供が小さければ、小さいほど見てられない気持ちになるだろうなと思います。

イジメや女性ならではの悩み

アトピーをめぐる状況は深刻ではなかったものの、アトピーをめぐるイジメの問題は、それはそれは深刻だった。要はとてもイジメられていたのである。  だいたい私はビジュアル的にマズかった。両手に包帯をぐるぐる巻いたうえ、顔からはいつも粉をふき、ウツロな目で常にどこかをボリボリ掻いている、というちょっとアレな子供だったのだ

イジメとまではいかないまでも、アトピーに対する小さな差別心みたいなものはずっと感じていた

アトピーとイジメは私にとっては切っても切り離せないものだ。実際、アトピーが原因でからかわれたり、イジメに遭うケースは小学校から高校まで非常に多く、不登校になる子供もいる。

アトピー患者にとって、恋愛にまつわる悩みはつきないものだ。私もやはり、恋愛では相当に悩んだ。  まず、アトピーがいいときは積極的になれるものの、アトピーがひどいときには外にすら出たくない。おのずとその日によって性格、キャラが全然変わってしまう

私はアトピーの人々にセックスにまつわる疑問をぶつけてみたのだが、やはりそこには重く暗く深い問題が横たわっているのであった

特に女性のアトピーは、つらいだろうなと思うし

アトピーのない人が、アトピーの人の立場を理解するようなことは、難しいことだと思います。

この辺りは、周囲の人たちにどんな人がいるか?

で随分変わってくるんでしょうね。

制限される仕事

アトピーは、ただの皮膚の病気だと思われますが、重度になると社会に出ていられなくなる

それは僕も瀕死状態を経験したことがあるので、わかります。

私は別に傷つかなかった。就職も限られ、結婚もできずに一人で生きていくのだと漠然と思っていた。だから私は勉強ができないと終わりだ、そう思って、必死に勉強していたのだ。クラスメイトたちが結婚や恋愛について話しているのをこっそり聞いては、鼻で笑った。そんな浮かれたことをいう人たちを徹底的にバカにしていた。バカにすることでしか、私はいろんなものを保てなかった

大人になると、誰もがブチあたらねばならない壁がある。  それは「仕事」だ。恋愛やセックスなんかはしなくても生きていけるが、働いて稼がないと食べていけない

「アトピーは職種が限られる」という言葉の意味を、私が実感として初めて理解したのは二〇歳前後の頃だった

いろいろなバイトをしたが、よくクビになったものだ。その中のどこまでがアトピーが原因かはわからないが、埃っぽい場所だとアトピーのみならずアレルギー性鼻炎も悪化し、毎日掃除をしなくてはならない職場だとアトピーが悪化し、乾燥している場所だと手がバリバリとひび割れ、汗をかくと痒くてたまらない、という状態だったので、私は非常に使えない女だった

中には働くことはおろか、外にさえ出られない人たちもいる。あるアトピー患者からもらったメールには、「アトピーがひどく、入退院を繰り返している自分は親が死んだらホームレスになるしかないのだろうか?」と書いてあった。この質問に対する答えを、私は「生活保護」くらいしか思い付かない

現在の僕のように、日常生活に支障がないレベルのアトピーなら問題ないのですが

症状が重度になってくると、できない仕事も増えてきます。

やはり外にでて人と交わる仕事はつらい。

僕も瀕死状態な時がありまして、その状態を考えると

世間大多数の人同じように社会に出ることは無理だなと思います。

今なら、パソコン1台あれば稼げる時代だからインターネットの発達は

アトピーの人にも追い風かもしれないですね。

いずれにしても、女性だったら

偶然にもアトピーがあるか、ないか、

によって例えば接客業とか、活躍できるかできないか?

決まったりすると思います。

接客されるなら基本的に、きれいな人の方がいいに決まってますからね。

アトピーというだけでマイナススタートになってしまうという。

アトピーと仕事。

特に女性には重い問題だろうなと思います。

世の中は生まれながらに不平等。

「アトピーの女王」

読んでいて、世の中は不平等だなと思いました。

偶然にも、健康にかわいい顔してチヤホヤされる女性もいれば

偶然にも、著者のようにアトピーのような病気を患いジレンマを抱えながらいきる女性もいる。

別に女性に限らず、男性でも同じですが。

「努力すれば、夢はかなう!」

みたいな言葉って本当にキレイ事だなと思います。

例えば偶然にもアトピーを抱えて生まれたがために、

健常者とは違う人生を歩むことになった著者みたいな方もいるかもしれません。

例えば偶然にも、

日本みたいな平和な国に生まれた子供もいれば

戦争や争いの絶えない国に生まれる子供もいるかもしれません。

本当に不平等な世界に生きているよなあと思います。

話はずれましたが、アトピーに関してはいつどんだけ悪化するか、みたいなことが分からないので

いつ自分も社会不適合者になるか、危機感を感じながら生きております。

今回紹介しました「アトピーの女王」

アトピーの人であれば、気持ちや状況など共感しながら読み進めることができると思うし

アトピーでない方であれば、アトピーの人間の立場が少しでも理解できる内容なので、是非読んでみてもらいたい1冊です。

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恋と嘘。恋愛禁制の政府が結婚相手を決めちゃう世界で!

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どーも、冨安です。

Kindleを導入するようになってから、結構マンガを読む量が増えてきました、

つい、ポチポチワンクリックで買ってしまいまして・・。

ワンピースとNARUTOくらいしかまともに読んでなかったのですが、かなりマンガの読む幅が広がりました!

今日は、「恋と嘘」というマンガをご紹介します!

16歳から恋愛禁制の日本。

Amazon内容紹介より

「嘘」は許されない。「恋」はもっと許されない。すこし未来。日本では16歳になると、政府から結婚相手が指名される世の中になっていた。根島由佳吏15歳は、日本の片隅に住む、うだつの上がらない少年。成績もスポーツも中の下。だがしかし、その胸に燃えるような恋心を秘めていた! 恋が許されない世界で、誰かを好きになってしまった少年の運命は‥‥!?

「誰かを好きになる」━━人はいつの間にその罠に墜ちるのか。人生のパートナーを国が決める世界。それは希望であり、絶望であった。どこにでもいる古墳好きの少年・根島由佳吏は、そのちっぽけな胸に、燃えるような恋心を秘めていた。恋が許されない世界で、16歳の夜、少年は、禁じられた冒険へはしり出す!!

 

国により、少子化対策のため16歳になると結婚相手を決められる

ゆかり法、

という法律が定められているという設定。

おお・・こうすれば確かに手っ取り早く少子化対策なるな・・!!

とか思ってしまった(笑)

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主人公の根島くんは、ヒロインの高崎さんに政府通知が来る前日に告白をすることになる。

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実は両想いであることがわかるのだけども、

しかしそんな最中に政府通知がきて、結婚相手が決まることとなる。

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もちろん恋愛禁制の世界だから、高崎さんとの恋愛は許されないことになる。

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そして根島くんのパートナーはこれまた美人の真田さんに決定する。

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個人的には高崎さん押しで笑

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そして、高崎さんとは終わったはずの根島くんですが真田さんと、複雑な3角関係となっていく。

恋愛禁制の社会で、禁断の方向に走り出して、これからどうなっちゃうのよ!?

というストーリー!面白いです!

気分転換にでもどうぞ〜。

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戦争論。どうすれば戦争はなくなるのか?

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どーも、冨安です。

先日、新しく安全保障関連法案が 決定して、自衛隊の役割が大きく変わったことが話題になっていました。

僕自身何だかよく分からないままに、ちゃんと内容も理解しないまま今に至ります。

この法案が可決した日のFacebookのウォールに、

すごく感情を煽るような写真やデモの様子などの情報

一方で、テレビのバラエティ番組的な面白動画みたいな情報サイトの情報

そんな2極端な情報に溢れていました。

中間の現実的な話が少ない気がして、こうした難しいテーマを議論するための土台が、日本ってない国なのかなと感じました。

とっつきづらいけど、しっかりと考えないといけないことだと思いますので、自分なりに整理して考えてみます。

戦争はなんのためにやるの?

集団的自衛権の行使を容認する、ということは規模の大なり小なり武力での戦闘も行われること。

でもそもそも、なんで戦争などやらなければならないのでしょうか?

このマンガを以前読んだので少し紹介します。

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戦争は、何かを達成するための1つの手段でしかないということです。

食料を獲得すること、水を獲得すること、エネルギーを獲得することが目的かもしれません。

 

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あまり法案の細かい内容は把握していないのですが・・。

集団的自衛権を行使できる、ということは

集団的自衛権を行使して、達成したい何かがあるということ。

長期的に北朝鮮に攻めたいような考え方でもない限り、日本に植民地を増やしたい考え方はないはずです。

ということは基本的に、武力を使うのは国防のためです。

第1次世界大戦前後の状況に、よく似ている今の世界。

こちらの本では、現代は第1次世界大戦の時の状況によく似ていると述べています。

アメリカが覇権国家としての威厳を失い、均衡はなくなり世界各国で小競り合いが起きています。

日本を含めた東アジアもそうですよね。

ではこうした現代の状況と、第1次世界大戦の時の状況はどのように似ているのでしょうか?

  • 一八七三年に欧米がかつてない大不況に見舞われ、イギリス経済も大打撃を受けました。倒産や失業も拡大します。この七三年に始まる大不況は、小さな恐慌を繰り返しながら九六年まで続きます。  不況ですから、モノが売れません。同時にこの時期は、重化学工業が勃興する第二次産業革命の時代と重なりますから、レーニンが分析したように生産と資本の集中が進み、独占資本主義になっていきます。  
  • すると、どうなるか。巨大企業は国家と結びついて、海外市場や植民地を拡大しようとします。

国家は行き詰まったら、海外に活路を求めます。

金、人、エネルギー、食料、求めるものは多様だと思います。

第1次世界大戦の時は、植民地を求めました。

だけど現在は、求めるものが植民地ではなくなってきています。

  • 一九世紀末から二〇世紀初頭まで、欧米の帝国主義列強は軍備拡大を競い、植民地を求めて抗争を繰り返しました。その結果が第一次世界大戦です。  これに対して、二一世紀の帝国主義は植民地を求めません。それは人類が文明的になったからではなく、単に植民地を維持するコストが高まったからです。
  • 新・帝国主義は全面戦争も避ける傾向を持つ。全面戦争によって、共倒れになることを恐れるからです。植民地を持たず、全面戦争を避けようとするのが、新・帝国主義の特徴です。
  • しかし、新・帝国主義になっても、外部からの搾取と収奪により生き残りを図るという帝国主義の本質や行動様式は変わりません

今の世の中は、武力での戦争でなくとも、経済的な戦争状態にあります。

武力で抑えられていなくても、実質は経済的に支配されているような、主従関係にある国は多いのではないでしょうか。

日本人が先進国で豊かな暮らしをしているのも、途上国などの犠牲があり成り立っているかもしれません。

もしかしたら日本人の暮らしが、他国の貧困を生み出して、戦争の原因になっているような側面もあるかもしれません。

と考えた時に、今回の法案可決されるにあたり、

当然ながら戦争反対の多くの声がありますが、一方で戦争反対している人たちが世界のどこかの戦争の原因もつくっている可能性があります。

だから僕は自分も戦争の原因になっている可能性があるのに、都合のいい時だけ戦争反対とか言うのに疑問を感じます。

一国平和主義、という考え方ってどうなんでしょうか?

日本だけ、自分の周りだけ誰も傷つかないって自己中心な都合のいい話だと思います。

日本の見てくれの豊かで平和な暮らしが戦争の原因となり、世界のどこかで戦争や悲劇が起きているかもしれません。

公共事業としての戦争。

戦争をしたいのは、戦争で儲かる人たちくらいで、一般人が関わりたくないのは当然。

コンクリート経済が行き詰まってきた、次の政策として例えば公共事業としての戦争、

という考え方を現在の政権が持っていたとしたら日本でも軍需産業は潤います。

こうした軍需産業に関わる企業は、マスメディアや政治家のスポンサーになっていて

特定企業、マスメディア、政治家で相互に儲かる仕組みがあり、

それで国民の声を代弁する立場にある方々も機能してないのではないでしょうか?

それで、まともに考えたり話しあったりする機会が生まれないのかなと思います。

アメリカで第二次世界大戦後、本格的な恐慌が起きていなのはなぜか。それはアメリカの公共事業に戦争が組み入れられているからです。朝鮮戦争、ベトナム戦争はアメリカの公共事業であり、それに協力した日本も、すくなくともバブル崩壊以前は恐慌に近い不況を経験していません。

今、世界中で小競り合いが起きている理由が見えてくる気がしますね。

ナショナリズムと民族自立と。

今後、財政が悪化とともに格差や貧困が広がり個人が孤立化していき、不安や不満がましていけば、その矛先は海外に向くのかもしれません。

簡単に戦争に向かっちゃうような流れが出来上がる可能性もあり、

一方で、今までにない独立した民族が生まれる可能性もあると述べています。

日本はどの方向に進むんでしょうね?

国、ていう考え方はなくなって、もっと小さな地域単位で独立していくのかなあ。

  • 帝国主義の時代には、資本主義がグローバル化していくため、国内では貧困や格差拡大という現象が現れます。富や権力の偏在がもたらす社会不安や精神の空洞化は、社会的な紐帯を解体し、砂粒のような個人の孤立化をもたらします。そこで国家は、ナショナリズムによって人びとの統合を図ることになります。
  • それと同時に、帝国内の少数民族は、程度の差こそあれ民族自立へと動き出します。
  • 上からの公定ナショナリズムや排外主義的なナショナリズムで人々が動員される一方、ハプスブルク帝国のなかでチェコ民族が覚醒したように、現代ではスコットランドや沖縄がエトニの発見にもとづいて、自身の民族性を認識するようになってきました。
  • 帝国主義の時代には、現在の国民よりもっと下位のネイション、つまりもっと小さな民族に主権を持たせることで危機を乗り越えようという動きが出てくるのです。

最後に。

論理も破綻してますが、何となく思ったことをダラダラと書きました。

戦争なんて、戦争で儲かる人間以外は誰もしたくないのが当たり前で、

ただ極めて大きな外交の話なんて、一般人が知らないグレーな所で勝手に決まるものだと思います。

安部総理に文句を言うのは簡単なのですが、文句をいっても何か始まるわけではないので

どうやったら戦争なしでやっていける世の中をつくっていくか。

自分でできることを考えて実践することの方が、現実的で大事なのかなと思います。

それこそ、自分の町をどうしていくか?

みたいな小さなことの積み重ねしかないんじゃないでしょうか。

後は、選挙でしょうか。

特に結論もない感じですが・・。

こうして書いてみると、

普段自分が何も考えてないんだなあ、

また日本では考えたり、話しあったりする場がないんだなと思いました。

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結局お金稼げなかったら、「まちづくり」も「地域おこし」もくそもないと思う。木下斉「稼ぐまちが地方を変える」

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どーも、冨安です。

本日は、高校生の頃から商店街の活性化プロジェクトに取り組み、現在も各地でまちづくりに携わる著者の木下さんによる

「稼ぐまちが地方を変える」という本を紹介します。

まちづくりや地域活性化、というテーマで何よりも現場での実践に重きをおいている方。

Twitterや著書やコラムも含め、関連テーマで記事に目を通したことのある方は多いと思います。

エリア・イノベーション・アライアンス [ AIA ] 自立するまちづくり支援サイト

上記のようなサイトも運営されていて、僕もこちらのメルマガは去年から購読しています。

木下さんの特徴は、常識とされている地域活性化の取り組みや組織の在り方、考え方をズバズバ否定していることです。

ですので痛いところを突かれて、直視したくない人、言われることが不都合な人もたくさんいると思います。

例えば、

なぜ道の駅は儲からなくても店を出せるのか | 地方創生のリアル | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト

ゆるキャラは、地方創生に役立っているのか | 地方創生のリアル | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト

なぜ地方は厳しい現実を直視できないのか | 地方創生のリアル | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト

地方を滅ぼす「名ばかりコンサルタント」 | 地方創生のリアル | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト

このように・・。

自分に言われてる気がする発言もたくさんありますが、好きです。

どれも現実的に、正面から自分たちで考えないといけないことばかりだと思いますから。

稼ぐまちが地方を変える―誰も言わなかった10の鉄則 (NHK出版新書 460)

本書では従来のまちづくりの問題点から始まり、

現場での実践してきた事例や経験を踏まえて

では実際に現場でどうすればいいのか?

これからの公民連携したまちづくり、

について現場からの経験や知見が伝えられています。

では紹介いたします!

何かおかしい、今までのまちづくり、地域おこし?

木下さんは、もともと学生時代に早稲田商店会の活動から、まちづくりに携わっていて、

早稲田商店会の活動は、革新的な事業としても注目されるようになりましたが、補助金をきっかけに事業の方向性が変わってきてしまった経験を持たれています。

  • 早稲田商店会の取り組みはこれまでは低予算ながら知恵を出し合い、自力と企業の協力だけで運営してきました。「民間主導・行政参加」を掛け声とし、その独立性にこそ高い評価があり、だからこそ人も集まっていたのです。
  • そこにいきなり、国から数千万円の補助金が付くことになった。
  • これによって、メンバーの考え方が一気に変わりました。まず、従来にはなかった「予算をもとに何ができるか」という議論がなされるようになり、それを執行するための業務を誰が担うのかという話になっていきました.。
  • 結局、お金がなかった時のほうが、知恵が出て楽しかった。「金がないから知恵が出る。金が出たら知恵が引っ込む」といっていた私たち張本人が、自らドツボにはまったわけです。

補助金を持ってきて事業を行うことに、常々警鐘をならす木下さんですが、自身も補助金で手痛い経験をし、

脱力と脱毛の日々も過ごされたらしい・・。

僕自身も身近なところでは、補助金があるからやる、っていう発想で始まるもので、

上手くいってるものを見たことがありません。

何かをやるために、資金が必要だから補助金を!

なら分かるのですが

こういう補助金のメニューがあるから、このメニューに沿って何をやれるか考えよう!

という感じで始まるから自腹切るわけじゃなく、やる方も本気じゃないし、やることが目的になりがちで。

もはや何をやるかより、補助金を獲得することが目的になっている団体や人も目の当たりにして、依存症みたいでこわいな、と感じました。

だから目的や使い方にもよりますが、補助金に頼る前に

自分でどうするか、何とか出来ないか?

知恵を振り絞り実践を積み重ねていきたいですね。

金がない方が知恵が出る、というのは実感としてあります。

補助金じゃないけど。最初から予算がありきの立場にいた自分。

今、夕張市にいてフリーランスというかどこにも属していない、よく分からない立ち位置ですが。

僕は、地域おこし協力隊→公務員

という行政の立場を少しですが経験しました。

補助金ではないですが、行政は最初から

「予算」

があり、「予算」ありきで何をやるかが決定する部分もあったので

補助金の構造に似ていると感じました。

利益や利率も考える必要がなく、さらに自分で稼がなくても税金で収入が入ってくる。

事業が上手くいっても、いかなくても収入は変わらない。

そうした立場だと、今まで通りのことをやるだけでいいので、危機感がなくなり、

僕の場合は惰性的に過ごしてしまうだけ、だと発見しました。

僕の場合は、ですね。

平日は何となくやり過ごして、土日はパチスロみたいな感じで超惰性でした。

とみやす、アウトー!

て自分で思って公務員辞めました。

でもだからこそ、公務員として己で道を切り開けるような方を本当にすごいと思います。

なぜ、まちは変わらないのか?

従来的なやり方で、行き詰まっているのに、なぜまちは変わらないのか?

本書から気になった部分を。

  • 甘い見通し、無責任体質、他力本願、独善的な発想などは、まちづくりだけでなく、日本の多くの組織で見られる現象であるとも思います。何より、これらの問題に加えて「まちづくり」の場合には、行政、そして補助金や委託事業などといったような税金の影がチラつきます。
  • まちづくりは税金でやってもらうのが当たり前、と考えている市民がいまだ圧倒的。財政のことなど全く考えもせず、好き勝手に「あれをやれ」「これが欲しい」と意見だけは行政に言う。
  • それが叶わないとなると、今度は「お役所仕事」「市長はアホだ」と批判する。あるいは批判を避けたい役所の側も、公共事業を業者に丸投げしてその場をしのぐ。  これが本当に正しい〝まちをよくしていく〟プロセスなのでしょうか。日本はある意味で恵まれすぎてしまって、何でも行政がやってくれた時代が続いたことで、自分たちで出来ることさえも税金でやってもらおうとしているようにも思えます。
  • 「ではみなさん、自分のまちのためにいくら投資しますか」と問いかけると、今度は一様に下を向いて黙ってしまう。要するに、自身の問題として捉えていないということです。
  • 地域外から来た私のような人間を、好き勝手を言う評論家だと言う人もいますが、そんなことはありません。地元で生まれ育っていても、〝評論家〟は山ほどいます。地域の衰退と自分の問題とは別問題、と捉えてしまっている。
  • 動き出さないまちの人たちに共通しているのは、「自分たちのまちは他とは違う」という、特別な意識を持っていることです。

まちづくりの限らず、何でも日本に当てはまるかもしれませんが、当事者意識が問題なんでしょうか。

 地域で稼ぐ、という考え方と不動産の関係。

そして、現在のまちに必要なのは経済で、そのために不動産オーナーがまち全体で資産価値を上げていくことの重要性を説いています。

  • まちの再生に必要なのは「経済」です。行政が税金の再分配で補塡するのではなく、「まち全体を見据えて、いかに稼ぐか」が重要なテーマなのです。よく「あたたかいまち」「心が通い合うまち」といったフレーズを聞くことがありますが、これらは全て無責任な〝きれいごと〟です。稼げなければ、衰退するしかない。これは歴史が証明しています。
  • 資産価値を上げるためには、自分の不動産だけをよくしても限界があります。自分の物件がどれだけ立派でも隣の家屋がゴミ屋敷であれば誰も入居したいとは思わないでしょう。周辺の治安が悪かったり、路面が汚れていても価値は下落します。
  • これは都市中心部だろうと、観光地だろうと、農地だろうと、山だろうと同じだと思います。それぞれその土地に紐付く資産を持つ人たちがまずはリスクをとらなくては、一体、誰に何が出来るのでしょうか。
  • 私たちがこだわっているのは、「まちとしての生産性を上げること」。言い換えるなら、まち全体を一つの会社に見立てた時に、その利益率を高めることです。少ない資源でより多くの利益が生み出されるようにし、その利益をより効率的なものに再投資していく。

個々が魅力的な商売をすることも大事ですが、エリア全体で資産価値を上げていくことの重要性について、でした。

例えば、僕が最近いった場所だと支笏湖はエリア全体で魅力を高めるような取り組みもしていて、すごく魅力的な場所でした。

病んだらここに行きます!日本1きれいな湖、支笏湖がめっちゃ良かった。

逆に考えてみて、廃墟みたいな建物がいっぱいあるエリアに、1軒立派なホテルがあっても違和感があって、結果としてホテルの魅力も引き出されませんよね。

周りがリゾート!て感じじゃない中にある、夕張のマウントレースイなどすごい違和感を感じたりします。

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「活性化」という曖昧なキーワードで終わらせることなく利益、利率にこだわること。

「地域活性化」「まちづくり」とても曖昧なキーワードで、お金をかけてやっても曖昧なまま何となく終わることも多いと思います。

そこで、利益や利率をしっかり考えていく重要性について触れています。

  • 従来、各所で行われてきた「地域活性化」の事業は、まず目標自体が「活性化」という曖昧な表現であることから分かるように、実効性はほとんどありません。せいぜいイベントを開いて「何人集まった」「いくら売れた」と一喜一憂するだけ。
  • ここに足りないのは、事業の粗利を意識し、コストを適切に絞り、利益にフォーカスしようという概念です。
  • 一軒単位の店で考えた場合でも、利益率は極めて重要です。前述の「TANEYA」でテナントを探していたとき、私たちは従来型の小売業を営んでいるお店を意図的にターゲットから除外しました。
  • その前提で選んだ結果が、カフェであり、英会話教室とヨガ教室だったのです。いずれにも共通しているのは、モノやコンテンツを自らつくって売っていること、つまり「製造小売型」であるということです。それぞれの売上は小さくても、粗利は五〇%以上になるものです。
  • たとえ小さな取り組みであっても、市場とまっすぐ向き合って稼ぎ、次なる事業に再投資して、利益を地域に還元していくことが大切なのです

利率の高いことをすること、

また何が売れるか、見極めるような、本ブログでも紹介した「マーケット感覚」みたいなものも大事で、

何が売れるか分析して、具体的に稼ぐためのステップを1つづつ乗り越えていくのがやるべきことなのかと思います。

組織と市場、どっちに評価されたい?ちきりん「マーケット感覚を身につけよう」

変化の激しい時代に必要な、公民の連携と役割分担。

著者は現在、「公民連携」に力を入れていて、自身も関わった事例として岩手県紫波町の「オガールプロジェクト」を紹介しています。

行政と民間がいかに協力しあっていくか?

というテーマで、紫波町では

行政と民間の役割分担を分けるための仕組みもつくって、プロジェクトが進行しています。

お金を稼ぐのは民間。

規制や制度などへ民間がやりやすい体制をつくるのは行政。といったすみ分けが行われているそう。

  • 私は最近、「公民連携(Public Private Partnership)」事業に力を入れています。  私たちが考える公民連携は、「いかに行政からのお金を引っ張るか」ではありません。発想を逆転し、「いかに行政にお金を支払えるか」という視点に立って、稼ぎ出す仕組みをつくり、縮小する社会でも「官」と「民」で共に「公共」を守っていくという新たな構想を持っています。
  • オガールプロジェクトの最大の特徴は、役所、図書館などの公共施設と、産直市場やフットボールセンターなどの民間施設を一体的に、民間が自主資金で開発、運営していることにあります。
  • 行政が計画を立て、開発をし、運営を外注するという従来の方式とは全く異なり、民間がリスクを負って投資家や金融機関から投融資を集め、テナントを集めて経営しているのです。
  • この仕組みによって、紫波町役場は町有地を民間に貸し出し、家賃収入を得ることが出来ています。
  • 事業用定期借地権として民間が借り受け、計画から開発、管理運営までを一貫して「オガールプラザ株式会社」が行っています。開発に必要な資金は、有志の出資と地銀からの融資で賄いました。税金は一銭も使っていません。
  • 例えば役所が施設を開発する際には、まずはその建て方を決める「仕様」を、役所がコンサルタント業者に外注してつくらせます。その際、大抵は地元の様々な意見が盛り込まれて、結果的に地域の実情に合わないような豪華仕様になってしまう。
  • しかし自立した民間がリスクを負い、さらに現代に即した、身の丈に合ったやり方で開発を担えば、このような問題は解消します。
  • 民間の知恵と力を最大限まちづくりに活かすには、行政と民間が緊張感を保ちつつ、緊密に連携する必要があります。  先のオガールプロジェクト発足に際し、紫波町は「公民連携室」という専門の部署を設置し、公民連携基本計画の策定、都市計画決定の変更など、民間が事業を円滑に進めるための業務をどんどん実行しています。
  • お金については民間が自立して取り組みながら、規制緩和や制度変更、民主的な進め方については、政治・行政が担っていくという、公民連携における理想的な役割分担がなされたからこそ、オガールプロジェクトが実現したといえます。

お互いに得意分野を活かして、協力しあっていくことが求められるのかもしれませんね。

結局のところ、稼がなければ話にならない。

僕自身も地域おこし協力隊や公務員を経験しました。

まちづくりだーとか、地域おこしだーとか、

って結局、稼がなければ話にならないとやって思いました。

綺麗事なしに、稼がないと何も出来ないですからね。

稼げることが基本にあって、はじめてそれ以外の色んな活動に時間もお金も投資できます。

個人ベースだけでなく、もっと大きな地域ベースでも、右肩下がりの時代なので「稼ぐ」という発想が必須なのだと思います。

福祉や医療など稼ぐ、とは違う分野もあったり

個人レベル、地域レベル、など規模感の違いで考え方ややり方も異なってくると思いますが。

地域おこし協力隊、公務員を1年間やって、

特に僕がサボってきたことは

・自分で利益を上げて稼ぐこと

・リスクを負うこと

でして、結局何となく収入があると駄目なんですね。

危機感がなくなるから。

それで自分で何とかする以外に道がない、フリーランスでいこう!

と思って、3月で公務員は辞めて。

自分が実績をあげなければ、淘汰されるだけですし

実績上げていけば、生き残っていくことができます。

僕自身、「自分で稼ぐ」という当たり前のことに、ようやく向き合い始めたのかもしれません。

まだ全然クラウドソーシングなどWEBだけでも食っていけないので、バイトもしながらですが健全かなと思います。

地域おこしとか地域活性化は、個人が経済的に自立した先にあるのかなと思う。

まず今の自分であれば経済的に自立することが目標で、それが何よりまちづくりとかに繋がると思います。

出来なければ、それまでの話ですね。

メルマガも読んでいるので、木下さんの考え方には刺激されていて、僕も自分で実践していくことが全てだと思います。

さて、綺麗事なしで、終始ドライで論理的な考え方の

「稼ぐまちが地方をかえる」

ブログでは紹介しませんでしたが、10の鉄則では以下のことが詳細に書いてあります。

鉄則① 小さく始めよ
鉄則② 補助金を当てにするな
鉄則③ 「一蓮托生」のパートナーを見つけよう
鉄則④ 「全員の合意」は必要ない
鉄則⑤ 「先回り営業」で確実に回収
鉄則⑥ 「利益率」にとことんこだわれ
鉄則⑦ 「稼ぎ」を流出させるな
鉄則⑧ 「撤退ライン」は最初に決めておけ
鉄則⑨ 最初から専従者を雇うな
鉄則⑩ 「お金」のルールは厳格に

最近たるんでるなと思っている方は是非どうぞ(笑)

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21世紀の自由論。生存は保証されない自由、生存は保証される不自由。どっちがいいです??

どーも、冨安です。

今まで、あまり思想、政治や歴史の話は興味がなくて、そういう類の本もそこまで読んだことがありませんでした。

ただ去年くらいから世界史に興味を持ち始めまして、歴史って面白いな!

と発見しました!

ただどうにも思想的な話は、全く分からなかったんですよね。

リベラルとか保守派とか右とか左とか、政治的な話は苦手です。

小難しくて。

ただ最近、適当に読んでいた本が自分の中で、色々とリンクしてきて、少しは分かるようになってきた気がします!

21世紀の自由論―「優しいリアリズム」の時代へ (NHK出版新書 459)

上記の本は、ジャーナリストの佐々木俊尚さんの「21世紀の自由論」という本。

本書は例えば、格差、原発の問題、憲法改正の問題などの現在の社会が抱えている問題に対して

どんな立ち位置の人が、どんな考え方をしているのか?

さらにそれぞれの立場にどんな問題があり、

ではどうやって諸問題を乗り越えて、これからの社会をつくっていこうか?

というテーマです。

これだけ読んでも、いまいち頭に入ってこなかったと思うのですが、

(日本人)

世界史の極意 (NHK出版新書 451)

以前、読んでいた上記2冊に共通するものがあり、

難しい政治の話も、自分の中で何も分からない状態からは、少し腑に落ちてきました。

こういうテーマって、日本人は自分の考え方を言わない、または話し合ったりしない、

空気感があるような気がしまして、僕もこういうテーマを同世代とかと話すことはほとんどないです。

例えば、政治的な話などで自分の考え方を皆さまはお持ちでしょうか?

僕は「よく分からない」で誤魔化してた類の人間ですねー。

たまにはしっかり考えて、アウトプットしてみようと思います。

信じれる「大きな物語」がない今の日本。

グローバル化している現在の社会では、貧困や格差などが広がり、

社会不安は大きく広がっています。

そうした現代の問題は、「大きな物語」がないこと。

「大きな物語」については「世界史の極意」から。

  • 「大きな物語」とは、社会全体で共有できるような価値や思想の体系のこと。「長い一九世紀」の時代であれば、「人類は無限に進歩する」とか「民主主義や科学技術の発展が人々を幸せにする」というお話が「大きな物語」です。

例えば、戦後の日本は、「経済成長」が「大きな物語」に当てはまると思います。

右肩上がりの経済成長を前提にした「年功序列」や「終身雇用」というシステム、

老後は退職金がっぽりもらって、年金生活みたいな。

これが戦後からバブルが弾けるくらいまでの「大きな物語」に当てはまると思います。

海外だったら、「大きな物語」は宗教が強いのかもしれません。

例えば何かあれば、神様が助けてくれる!というような。

大きな物語がなくなったら、どうなっちゃうの?

「経済成長」という大きな物語は完全に消え去ったのが、今現在、僕らが生きている世の中だと思います。

老後は何も保障されてないし、

大企業入っていればOKということもなくなりました。

資本主義がグローバル化すると、何が起きるのでしょうか?

こちらも「世界史の極意」から。

  • 帝国主義の時代には、資本主義がグローバル化していくため、国内では貧困や格差拡大という現象が現れます。富や権力の偏在がもたらす社会不安や精神の空洞化は、社会的な紐帯を解体し、砂粒のような個人の孤立化をもたらします。そこで国家は、ナショナリズムによって人びとの統合を図ることになります。

  • その結果、何が起きたか。排外主義的な書籍やヘイトスピーチの氾濫です。

  • 序章でも述べたとおり、その結果、いまや貧困かつ粗雑な歴史観が跋扈し、それがヘイトスピーチや極端な自国至上史観として現れています。

「経済成長」という信じれる物語がなくなり、

格差や貧困が広がる結果として、ヘイトスピーチなどの極端なことが氾濫します。

ではなぜ、日本でヘイトスピーチみたいな極端なことが氾濫するのでしょうか?

  • 私の世代以降の日本の知識人は、「大きな物語」の批判ばかりを繰り返し、「大きな物語」をつくる作業を怠ってきてしまいました。
  • 人間は本質的に物語を好みます。ですから、知識人が「大きな物語」をつくって提示しなければ、その間隙をグロテスクな物語が埋めてしまうのです。

なぜ知識人は、「大きな物語」をつくる作業を怠ってしまったのでしょうか?

1955年から始まった、自民党の「55年体制」が大きく関係しています。

佐々木俊尚さんの「21世紀の自由論」より

  • 総中流の構造に、メディア空間も引きずられた。安定している社会を支えているのは、 自民党であり、財界であり、官僚である。つまり官僚と企業と政府自民党という三位一体が日本の総中流社会を支えるという堅固な基盤があり、そこでメディアや野党の側が何ができるかというと、「反権力」という監視役としての役割でしかなかった。
  • 強者対弱者というような、非常にわかりやすい水戸黄門的な勧善懲悪の構図が色濃く抽出されていた。
  • しかし政治的・思想的な対立軸がこのような安易な勧善懲悪では、有効な議論はできない。なぜなら勧善懲悪では、市民やメディアが一方的な善になってしまい、しかしその善であるという思想的な背景は何もないからだ。単に反権力であるということでしか担保されていないのである。では反権力の側が政権を握り、責任を負ったらどうなるのか? ということは誰も考えなかった。

「国家権力」や「経済成長」という大きな物語を批判ばかりして、それに変わる政治的な考え方も具体策もなかったこと。

メディアも機能していなかったこと。

それはメディアの野党も「反権力」の立ち位置しかなったから。だった。

教育も関係していると思います。

このような状況で、1955年からの55年体制で進み、

誰も明確に進むべき道を示すことができないのが、今の日本なのかなと思います。

そして生まれる、個人が生きる小さな物語

格差が助長して、雇用の安定がなくなり

より自己責任で生きていくことが求められるようになります。

ある意味で、自由。

個人の自由や福祉を重要だとみなす、「リベラリズム」という考え方。

「経済成長」という大きな物語の中で、みんなで頑張ろう!

→→→

自身が、自分らしく生きていこう、

という「小さな物語」の中で自由に、生きていく流れに変わってきます。

ただこの「小さな物語」も自由なようで、責任が伴うし、大きな不安も付き物。

佐々木俊尚さんの「21世紀の自由論」より。

人生はつらい。ままならないことが多い。無理に選択をしても、失敗に終わることはあ る。

いや、失敗に終わることの方が多いかもしれない。その時に自由であるがゆえの自己責任を問われるよりは、神に責任を負ってもらう方がどれだけ楽なことか。

それでも無理に選択を迫られると、自由な選択などできない人たちは、結果的には他者とのつながりを求めて、他者と同じようなものを選び取ってしまうことになる。

そしてこれは社会の多様性を失わせ、みんな同じにしてしまう。リベラリズムは社会の多様性を求めていたはずなのに、自由への圧力によって多様性が失われるという、なんとも不思議なジレンマが起きてしまう。

僕も公務員辞めて、自由な立場でチャレンジしてるけど、ホント今後どうなるか分からないです。

ワンピースやNARUTOは、主人公みたいに、なりたくてもなれない多くの人を描写して

多くの人にとって、理想像なのかもしれませんね。

それで人気なのかな。

主人公が、夢に向かって、より自分らしく突き進んで、自己実現をしていく!

みたいなテーマですよね。

地元で仲良く!コミュニタリアニズム。

自由、というのは実際にはリスクや責任を伴い、いざ自由になるとどうすればいいか分からなくなったりします。

リベラリズムは、本当は存在しない「普遍的なもの」「理想的な個人」を目指した。でも近代ヨーロッパが衰退して、普遍の幻想は崩壊している。「普遍的なもの」がないのに自由な選択だけを求められることは、不安しか招かない。だから二十一世紀にリベラリズ ムは成り立たない。

そうした中で、古き良き時代の日本。

貨幣でのみ繋がった都会的繋がり→田舎的な繋がり

「コミュニタリアニズム」という考え方が広がります。

幻想の「理想の個人」ではなく、小さな共同体のみんなが善く生きられるような社会を目指した方が現実的なのではないだろうか。コミュニタリアニズムはそういう考え方をとる。

マイルドヤンキーと言われる層などそうかと思います。

地元で仲良くやっていこう!みたいな。

「コミュニタリアニズム」は排他的になりがち、という問題を抱えています。

  • コミュニタリアニズムや保守は、普遍や理想ではなく、古くからの歴史や伝統や共同体に価値を見いだし、共同体に参加することに価値があると考えた。
  • でもこれは内と外のあいだに壁をつくって、外側を排除してしまう。「参加を求める」というのは、「参加できない人は排除する」という論理とつながっているのだ。

実際に、僕自身も地方に住んでみて、大なり小なり排他的な部分はあると感じています。

でもグローバル空間では、そんなローカルルールも少しづつ揺さぶられます。

「日本人」での記載。

  • 圧倒的な〈他者〉がいなければ社会はグローバル空間にはならず、ひとびとはローカルルールにしがみつこうとする。これが、日本社会がなかなか変われない理由だ
  • しかしいま、ローカルな共同体は周辺から侵食され、揺れ動いている。政治や行政・会社などの旧来の組織が機能不全を起こすことで日本社会を覆う伽藍に亀裂が走り、あちこちにバザール空間が開けていく。
  • 個人にとっても国家にとっても、そこがグローバル空間であるならば、ローカルな正義をいくら主張しても勝ち目はない。自らの利益を守ろうとするのなら、リベラルデモクラシーの土俵で相手と対等に議論しなければならない

バザール空間は、開放空間を意味します。

対局にあるのが、閉鎖空間。

組織によりけりですが、大企業や役所は、その組織ならではの文化があり、閉鎖空間なのかなと思います。

  • 「自己表現度」の高い国はすべて英語圏(アングロサクソン国)と北欧などヨーロッパのプロテスタント圏だ。これらの国は、自由と自己責任が一体となった〝バザールの論理〟で社会が営まれている。それに対して日本は責任のとれない社会(無責任社会)で、そのことが自由に生きることを阻んでいる。

そして、これからの時代はどうなる??

市場原理でグローバル化が進めば、ローカルルールは揺さぶられ

格差や貧富の差は広がります。

より自己責任で生きていくことが求められるのかなと思います。

ただ人間、そんな市場原理だけでなく感情で揺れ動く世界。

佐々木俊尚さんの「21世紀の自由論」では

「優しいリアリズム」

という方向性が提案されています。

  • 人間社会は「理」や「論」だけで動いているわけではない。強い論理が社会の原理として駆動する裏側では、情が地層の奥深くを流れていて、つまりは論理と情が表裏一体となっている。
  • いま日本にはグローバリゼーションという極めつけの論理が押し寄せ、「情」をどこで確保すればいいのかがわからなくなっている。この結果、一方には強い論理があって論理だけで押し通す世界と、ひたすら「情」に頼り切り、ノスタルジーや自分の皮膚感覚だけを根拠に非論理的な言説を打ち出す世界に二分されてしまっている。
  • 正義を訴えて戦っている者たちも左右の両極端にいるが、その両極端に与することは何の利益ももたらさない。両極端に目を奪われることなく、そのあいだの中間領域のグレー の部分を引き受けて、グレーをマネジメントすること。その際、人々の感情や不安、喜びを決して忘れないこと。これこそが優しいリアリズムである。

「生存は保証されていないが、自由」と「自由ではないが、生存は保証されている」のどちらを選択する?

「21世紀の自由論」の中の問いです。

極端な問いではあるのですが、皆さまだったらどっちをとりますか?

今はIT技術の進化で、個人でも稼ぐ手段は多様化していると思います。

僕は完全に、前者で

「生存は保証されていないが、自由」

を選択しました。

実際には、かなりリスキーな状況です。

最悪、餓死することはない、

と思っていて、死ななければ、危機的な状況になっても再生はできるはずだと考えています笑。

グローバル化した世界は、格差は生み出しますが、ローカルな空間よりも

「フラットな世界」

だと思います。

自分が実績を出せれば、可能性は切り開けるし。

実力がなければ、消えていくだけだし。

この「フラットな世界」で自分どれだけやれるのかなー?ってチャレンジしてみたいとは思いますね。

実力がなくて負けるならしょうがないので、それは受け入れることができます。

ただ腑に落ちない組織のローカルルールだとかは、あまり受け入れることができません。

という感じで、どちらかといえばドライかもしれません。

皆さまはいかがでしょうか?

さて、

上記3冊から、僕の頭の中にあるごちゃごちゃしたものを整理してみたけど・・、相変わらずごちゃごちゃしている感じです・・。

僕自身これまで、こうした政治的な話は自分の考え方はそこまで持っていなくて、なんでかってそういう機会が全然なくて

ビックリするくらい政治的なテーマを考えたり話し合う機会が日本はないのかもしれません。

とりあえず自分なりに考えたことからアウトプットしてみようと思います。

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組織と市場、どっちに評価されたい?公務員1年で辞めるのを後押ししちゃった1冊、ちきりん「マーケット感覚を身につけよう」

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どーも、冨安です。

本日は、公務員を1年で辞めるのを後押しした本を紹介したいと思います。

何かを辞める決断ってすごい悩むことですが、僕の場合は本を色々と読んで、辞めるって決めました。

ほとんど人には相談しなかったです。

基本的にやめとけって言われると思ったので・・!!

で、今日紹介するのはというおちゃらけ社会派ブロガーの「ちきりん」の

という本です。

Chikirinの日記

ちきりんは、ブログやTwitter、著書を通して、

僕たちが常識としていることに

それって本当に、常識なの?

もっとこうでもいいんじゃないの?

みたいなことを分かりやすく、問題提起をしてくれます。

何だかんだで、著書はそこそこ読んでます。

現在の働き方や生き方に、疑問や問題意識持っている人にはちきりんの書籍はオススメです。

実際に、僕も公務員1年で辞めるに当たり、色々と考えて決断する時に「ちきりん」の本は何回も読んだりしました!

これからの時代を生き抜くために、必要な「マーケット感覚」とは??

本書では、これからの時代をどうやって生き抜いていこうか?

ということを

「マーケット感覚」

というキーワードから考えていきます。

「論理思考」と対になるもう1つの力、「マーケット感覚」を解説する初めて本です。

いたる所で市場化が進み、不確実性が高まるこれからの社会では、
英語力や資格などの個別のスキルよりも、
「何を学ぶべきか?」「自分は何を売りにすべきか?」という
「本質的な価値」を見抜く、一段上のレベルの能力が必要になります。
その力を、本書では「マーケット感覚」と命名しています。

これは、別の言い方をすれば、
「社会の動きがこれからどうなるのか」
「今ヒットするのはどんなものか」
などがわかるアンテナやセンサーに当たるものであり、
「生きる力」「稼ぐ力」と呼ばれているものの核とも言える能力です。

これまでは規制で守られていた業界も、市場に晒されるなかで、今までとは求められる能力は変わってきます。

  • 自分のすぐそばに「価値あるもの」が存在していても、その価値を認識する力がないと、「自分の周りには何も価値あるものがない」と思えてしまいます。
 
  • 今、この「価値を認識する力」の二極化が進んでいます。すばらしい学歴や職歴に加え、難関資格から専門知識まで持ちながら、不安から逃れられない人がいる一方、ずっと少ないものしかもっていないのに、「なんとかなる」「なんとでもなる」という自信とともに、世の中をわたっていける人もいます。この両者の違いがまさに「売れるものに気がつく能力」であり、「価値を認識する能力」の差です。 本書ではこの能力を、「マーケット感覚」と命名しています
 
  • 今は多くの人が、「これからの社会で求められるのは、どんな能力なのか?」という問いへの答えを探しています。実はこの問いに対する私の答えこそ、「マーケット感覚」です

 

これからの社会求められる能力こそが、本書でいう「マーケット感覚」、だといいます。

マーケット感覚とは、「価値を見極める力」

ではその「マーケット感覚」とは具体的にどのような感覚なのでしょうか?

まずは「マーケット」について考えてみましょう。

  • マーケット=市場とは、 不特定多数の買い手(需要者)と不特定多数の売り手(供給者)が、 お互いのニーズを充たしてくれる相手とマッチングされ、 価値を交換する場所 のことです。
 
  • 婚活に関しては、企業が運営する結婚紹介サービスのようなビジネスだけを「婚活市場」だと考える人がいますが、そうではありません。合コンだって、価値を交換する相手とマッチングされるための場所、すなわち市場です

そして本書では、「マーケット感覚」は「価値を見極める力」といいます。

  • 自分をどこで売るべきか、自分が高く売れる市場はどれなのか。「一生懸命頑張る!」前に、どの市場で頑張るべきなのかという市場の選択にこそ、マーケット感覚を働かせる必要があるのです
  • 社会や人が動く根源的な仕組みを理解する能力がマーケット感覚で、その仕組みを活かして、何らかの目的を達成するための手法がマーケティングです。
  • 本書が勧めるマーケット感覚も、マーケティングの細かいノウハウではありません。それは、市場と向き合う経験から得られる、市場に対する嗅覚や根源的な理解力です
  • その嗅覚の中心が、本章で説明する「価値を見極める力」なのです。

例えば、本屋や高校野球の本質的な価値ってなんだろう?

まず例えば、本屋の価値について本書の例から考えてみましょう。

  • 北海道の砂川市にある〝いわた書店〟という小さな本屋さんが、「あなたに合う本を1万円分、選んでお送りします!」というサービスを始めたところ、全国から注文が殺到したそうですが、いまや本屋は、本なんて売っていても儲からない時代なのです。
  • 書店は、本ではなく、「本を選んであげること」を商品にしたほうがいい。そう気がつくマーケット感覚があれば、地方の小さな書店も生き残ることができるという好例です。

人が本屋に足を運ぶのって、

「本が欲しいから」

ではなかったりすると思います。

悩みを解決したかったり、新しいことを学んだり発見したり、刺激を求めて、

本屋に足を運ぶのだと思います。本はあくまで手段。

  • 高校の部活の全国大会が、「高校野球」というスポーツエンターテイメントのコンテンツに変わることで、応援団や選手らが泊まる宿と交通費、球場で消費される膨大な飲食費、応援に使われるグッズの製造販売費用など、巨額の経済価値が生み出されました。
  • プロ野球にはない、高校野球の提供価値とは何でしょうか?
  • 高校野球では「全力で戦ったにもかかわらず、時の運で勝ったり負けたりする理不尽さや、技術レベルが低くても、気合いと根性でカバーしようとする若者たちの物語」が取引されています
  • 汗だくでプレイする姿、実力では勝っていても、たったひとつのエラーですべてが終わってしまうというトーナメント戦の理不尽さが、プロ野球には提供できない価値を作り出しているのです

高校野球って確かに、エンターテイメントになってますよね。

例えば、高校野球や本屋の例をとってみても、

物事の本質的な価値を、掘り下げたらこれだけ考えたりできて、

こうした物事の価値に気づく能力が市場化する時代に求められると。

マーケット感覚を身につけるための5つの方法

では、その「マーケット感覚」はどうやったら身につくのでしょうか?

本書では5つの方法が紹介されています。

①プライシング能力を身につける

②インセンティブシステムを理解する

③市場に評価される方法を学ぶ

④失敗と成功の関係を理解する

⑤市場性の高い環境に身をおく

簡単に紹介しておきます。

①プライシング能力を身につける

1つ目。「プライシング」とは値付のことです。

  • すでに値札つきで売られているものについても、自分の基準に基づき、プライシング(値付け)をしてみること。
  • 今の日本ではほぼすべてのモノが、売り手の決めた価格のまま取引されており、消費者が自分で値付けをする必要がほとんどない
  • 問題は、ボラれること(=相場より高く買うこと)ではなく、自分にとっての妥当な価格を、自分自身で理解できていないこと。

日本だと、確かに物の値段も、労働に関しても、売り手や雇い主が決めた価格で価値が決められます。

だから例えば海外でチップを渡す時とか、戸惑いますよね。

それで、自分が働いた価値がどれくらいか?

っていうのも時間給だとそこまで考える必要がない。

公務員を辞めて、クラウドソーシングとか使っていると、まさに自分のした作業の価値がどれくらいか?
直視しながら、現実とたたかってますね・・消耗します。

ただクライアントさんが、どうやって利益を出してビジネスしているのか?

その1部を担うので、めちゃくちゃ勉強になります。

クラウドソーシングという仕組みについて特筆すべきは、どんな仕事の需要が多く、どんな分野の供給が少ないか、といった情報が、すべての人に公開されているということです。これにより仕事を探している人は、「より高い報酬を得るためには、自分はどのようなスキルを身につければよいのか」、市場から直接学ぶことができます。

②インセンティブシステムを理解する

2つ目。インセンティブシステムについて。

要はアメとムチの「アメ」みたいなものだと思います。

  • 「人間が動く理由や仕組み」、すなわちインセンティブシステムについて、日々ほんの少しだけでも深く考える癖をつければ、市場の動き方についても、少しずつ理解できるようになっていくでしょう
  • 問題を解決するための方法には、「法律や規制や罰則を作る」「権威のある人に影響力を行使してもらう」「背景を説明し、納得させる」など、さまざまな方法があります
  • ニコニコ動画を運営するドワンゴは、朝が苦手なエンジニアの出社時刻を早めるため、午前中に行なわれる社内体操に参加したら、昼の弁当がタダでもらえる(しかもジャージ姿の女子マネージャーから!)という仕組みを導入したことがあったそうです
  • 規則のかわりに、「社員が早く出社したいと思う動機付けの仕組みを作る」という発想は、とても市場的です。

例えば、子どもにテストで100点とったら、ゲーム買ってあげるよ!

って言って、勉強をさせるのも、インセンティブシステムの1つです。

何か人を動かしたい時に、人はどうやったら動くのか?

っていう。

ニコニコ動画の女子マネージャーの発想とか大好きです。

規制やルールで縛ったり、何かマイナスなことをして反省文をかかせる、

みたいなことって、ある程度必要かもしれないけど、意味あるのかな?

って思います。

反省文を書かせたりすることって、何か問題の解決に繋がるのかな?と疑問に思います。

③市場に評価される方法を学ぶ

3つ目。組織に評価される人間になるのか?

市場に評価させる人間になるのか?

という考え方についてです。

  • 人間も、今までは組織に選ばれ(=組織に雇ってもらい)、組織から評価されることを目指す人が多かったけれど、今後は市場に選ばれ、市場から評価されることを目指す人が増えるでしょう
  • 組織に評価される方法と市場から評価される方法は、大きく異なります
  • 組織における意思決定者の数はごく少ないため、その価値観(基準)に合わせて企業努力をする宿泊施設は、どこもかしこも似通ってしまい、結果として、画一的で個性のない施設ばかりになってしまいます。
  • 組織における意思決定では、商品や意見そのものではなく、誰がそれを提起したか、誰が主張したか、誰が賛成したか、によって、大きなハンディが付けられそれらは「人脈力」とか「根回し力」などと呼ばれ、大組織では、そういったことに長けた人が「仕事ができる」と評価されることもあります。
  • 通常、組織における意思決定は属人的なので、キーパーソンを押さえることが重要です。企業では、社長や有力な役員の意向で物事が決まることも多いし、選ばれる意見も、新人ではなく実績のある社員が発案したものに偏りが・・
  • そんな力をいくら身につけても、市場型の評価が行なわれる世界では、まっく役に立ちません。

 

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公務員はどちらかと言えば、組織からの評価が重視されました。

誰に気に入られるか?気に入られないか?

みたいなことが大事な世界だったと感じます。

1年で公務員辞めてフリーランスでやってるのは、市場に評価されるか?されないか?

て世界でチャレンジしたいなって思ったからで、失敗するにしても、完全に実力の話でそっちの方が後悔ないのでいいと思いました。

④失敗と成功の関係を理解する

市場の中で、失敗を繰り返すことの重要性についてです。

  • 何かを学ぶ際には、ふたつのステップを経ることが必要です。ひとつは、組織から学ぶこと、もうひとつが、市場から学ぶことです
  • 私たちが何かについて「できる」と言えるレベルに到達するためには、学校的な「習い、覚える」学びに加え、市場的な「実際にやってみて、できるようになる」という学びも不可欠
  • 市場に向き合ってさえいれば、誰でも、そして何歳になっても率直なフィードバックが得られます。たとえば多くの場合、「これは売れる!」と思ってもまったく売れないし、「これなら注目を集めるはず!」と思って発表しても、話題にさえなりません
  • 今はやりのクラウドソーシング(第2章)でも同じです。あんな仕組みで最初から、単価の高い仕事がたくさん受注でき、十分な生活費が稼げる人など、いるわけがありません 
  • しかし、最初から「報酬が低すぎるから、やってもしかたない」と思う人と、「報酬は低いけど、市場から学ぶためにやってみようかな」と思う人では、最終的な学びの量に大きな差が出ます。どんな仕事でも、やってみないと気がつかないことがたくさんあります。しかも、そうやって得られる市場からの学びは、クラウドソーシングで受注した仕事から得られる金銭的な報酬より、よほど価値が高い

クラウドソーシングの話とか僕もやってるけど、まさに。

報酬低いし、しんどいです。

まともに自分で市場に向き合ってこなかったツケだと思うし、やり始めたばかり。

市場に揉まれながらやっていきたいと思います。

まずやってみて失敗しないと、本当に何も分からないですからね。

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⑤市場性の高い環境に身をおく

5つ目は、意識的に市場性の高い環境に身をおく重要性についてです。

  • 今までは、「市場的でないもの」ほど、安定していると考えられていました。たとえば公務員や国家資格が必要な職業は、「国や法律で守られているのだから、将来も安定しているはず」と考えられていました
  • 市場化する社会においては、これらは将来、ものすごく大きな変化が起こる可能性の高い分野です
  • あまりに変化のスピードが遅い組織は、とても危険です。それらは、どこかの時点で見限られ、別のものに置き換えられてしまうリスクの高い組織だからです。しかも変化の遅い組織には、変化が嫌いな人ばかりが集まってきています。
  • これらが安定したすばらしい業界に見えるのか、それとも、今後大きな変化に見舞われる可能性の高い、極めて不安定な分野に見えるのかは、まさにマーケット感覚の違い

以上、「マーケット感覚」を身につけるための5つの具体的な方法でした。

いかがでしょうか?

オープンでフラット。僕が市場で試行錯誤する経験はブログでしていた。

僕が市場で試行錯誤する経験はブログでしていました。

例えばブログって、不特定多数の読者に発信するわけで、読まれる記事を書くためには「マーケット感覚」が必須です。

ブログをやっていると当然、読まれる記事、読まれない記事があります。

書いた記事が不特定多数の市場に評価されるかどうか?

これって、完全に実力の世界だと思います。

だから実力不足なのは、ブログやっているだけでいつも痛感します。

ただブログをはじめ、市場ってオープンでフラットで、そこがすごいいいんですよね。

例えばブログなら然るべき記事を書くことができれば、それはちゃんとシェアされたりする形で、評価されますから。

組織に評価されるか?市場に評価されるか?

っていう話をしましたが、

組織に評価される世界は、決してオープンでフラットではないと感じました。

当然、組織によりけりですけど。

公務員は本当に安定しているのでしょうか?

これあくまで僕の考え方で、考え方は人それぞれあっていい話だと思います。

公務員は本当に安定しているのでしょうか?

僕のケースでも、公務員を1年で辞めるに当たり

なんで?

っていう話に当然なります。

安定しているのにもったいないって。

地方間も競争が進む時代。

石破地方創生相:格差「当たり前だ」、地方自治体は競争を – Bloomberg

みずほ総合研究所の岡田豊主任研究員は石破氏の政策について「住民に対する警告だ」と指摘、何をしなくても10年、20年で立ち行かなくなる自治体が出てくるとして「今のうちにやっておこうということだ」と述べた。地方自治体は今まで何をしてきたのかが問われているとして「結果的には自然淘汰になる可能性がある」とも語った。

石破氏は、国の政策の下で自治体はこれまで同じように栄えて衰退したとして「それを止めるのは今しかない」と述べた。昨年末に政府がまとめた国の長期ビジョン・総合戦略を基に各自治体は、中長期の将来展望を策定してまちづくりを進める予定だ。

会計年度独立の原則。大卒で無知すぎた自分に教えたい地方自治体の話① – とみやすブログ

この記事でも書いたのですが、地方交付税交付金が主たる財源になっているのが地方の町の現状です。

その状況においては、どの町も財政破綻するリスクを背負っていると思います。

例えば、定年まで安定までと思われている公務員ですが、夕張市では破綻してから職員の数が半減しています。

国全体が人口減少すれば、地方交付税交付金の財源減るし

町の人口減れば、町の財源は減るし

さらに世界レベルの競争に晒されているわけなので、公務員だから安定しているとは全然思えないんですよね。

  • 市場化が進んでいない分野に長くいた人は、市場でのサバイバルスキルをまったく学んでいません。このため大きな波がやってきたときには、驚いて右往左往し、沈みゆく船にしがみつくしか術がありません。
  • 「市場化が進んでいない分野」に逃げ込み、そこで長い期間を過ごすことは、決して賢い策ではないのです。

市場に晒されない公務員は、上記のようなリスクがあると思います。

僕は同意ですが、これはあくまでちきりんの考え方です。

個々の考え方で人それぞれだと思うので、色んな考え方あっていいと思います。

公務員を辞めるのを後押しした1冊「マーケット感覚を身につけよう」

というわけで、ちきりんの「マーケット感覚を身につけよう」。

をはじめちきりんの著書は

未来の働き方を考えよう 人生は二回、生きられる

とかも辞めるかどうか考える時に、何回か読み返しました。

・ブログを運営して、オープンでフラットな市場で勝負する楽しさを経験していたこと

・市場に晒されて生きるべきだと思ったこと

この2点が、僕の場合は公務員を1年で辞める決め手になったと思います。

一見、不安定に見えるフリーランスだけど、出来るだけはやく市場で揉まれてた方が、長い目で見たら安定するなっていう考え方です。

ただ本書の内容はあくまでも、著者のちきりんの考え方だし、

この記事の内容だって、あくまでも僕の考え方です。

皆さまは今回紹介した

「マーケット感覚」

どう思いますか?

僕はとりあえず市場からの評価が底辺らしいので、頑張っていきたいと思います(笑)

どーせ安定なんて、どこ行ったってないようなご時世なので、楽しくやってきたいですね。

今、急速に進む社会の変化を目の当たりにした人たちは、大きくふたつのグループに分かれ始めています。

ひとつは、ワクワクしながら自分自身もその変化を楽しんでいる人、

もうひとつは、日々伝えられる変化のニュースに不安を深め、どうやって自分と家族を守ろうか、戦々恐々としている人たちです

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