音楽が認知症の人を覚醒させる不思議さについて。

どーも、冨安です。

介護施設でバイトをしていて日々不思議に思ったことを記している最近のブログです。

今日は認知症の人と音楽について。

介護施設利用者のうたた寝が多い感じは何なのか?

現在バイトしている介護施設は認知症の人が暮らすグループホームで、見ているとうたた寝状態が長い人が多く、ちゃんと覚醒している時間は短い人が多いです。

特に要介護レベルが高くなるほど、覚醒している時間は短いです。

ご飯を食べながらも声をかけないとすぐウトウトしてしまう方がいます。

うたた寝状態が覚醒する数少ない瞬間。

このうたた寝状態の人が覚醒しているのは食事、お風呂、トイレ。これらのときは目がさめる傾向があります。

普段は意識があるのかないのか?よくわからない方もトイレなどで立たないといけないイベントがあると、嫌でも体を動かす必要があります。

普段車椅子の方は立ち上がるのが結構大変です。

「よいしょー!」と普段はめったに声を出さないのにいい声を出して立ち上がられます。

食事、お風呂、トイレなどのイベントは体を動かす良いイベントのようです。

その他にうたた寝状態の人が覚醒する面白い瞬間があります。

それは音楽や声に反応するときです。

記憶に刻まれた音楽が流れると歌い出す。

音楽療法が存在するように、音楽が人の脳に働く効果は計り知れないと認知症の人を見ていると思います。

普段はめったにしゃべらない方が、よく知っている歌だと覚醒していい声で歌い出すことがあります。

若い頃や子供のころよく聞いていた音楽を聞くと、その頃の記憶を思い出したりするし歌詞もメロディーも割としっかり記憶に残っているものです。

学校の校歌とか案外記憶に残っています。小中高大と校歌は今でも全部歌えますね。

いったいどこでどのように記憶されているのか、自分の体が不思議でなりません。

介護施設からみた音楽の凄いことは、普段はうたた寝状態の人を音楽は覚醒状態にできることです。

ボーッとしている時間が長い認知症の方を覚醒状態にするための手段は限られていると思います。

ボーッとしている時間を少なくして、なるべくしっかり覚醒している状態を保つことは脳にプラスのはずです。

音楽を聞くと一緒に体も動き出します。

例えば全世代がだいたい知っているラジオ体操。ラジオ体操の音楽を聞くと、よくやってた人ならひとりでに体操し始めることもあると思います。

音楽は忘れた記憶を呼び覚まし、それが体と結びつくことで心身にプラスの働きをする。

音楽療法がやってることはこういうことなんだろうか?と想像しました。音楽療法まったく知りませんけども。

音楽というくくりでなく、声から考察してみても面白いかもしれません。

僕らは呼びなれた自分の名前を呼ばれると意識せずと体が勝手に反応します。

認知症の方もそうで「だれだれさん」と声をかけると反応はあります。

しかし関係ない名前で呼ばれても反応はしません。

聴覚を通じた人の認知はどうなっているのだろうか?

声や音楽は振動なので、体は振動を記憶しているんだろうか?

考え始めたら脳科学、量子、波動、遺伝子とか結びつき、結果際限のない沼に陥ってしまいそうです。

介護施設にて音楽が持つ不思議なパワーを感じている今日このごろでした。

介護施設利用者のうたた寝が多い感じは何なのか?

どーも、冨安です。

最近介護施設でバイトをしていて、認知症の利用者を見ているとうたた寝状態の人がほとんどなのが特徴的だと思います。

グループホームの流れとしては食事、おやつタイム、トイレ、風呂介助、レクリエーションなどの時間は決まっていますが、それ以外は特に何か決まっていることはありません。

そこで何もない時間帯の過ごし方を観察していると、TVを見ながらうたた寝をしている人がほとんどです。

仮眠というほど寝ているわけでもなくちょっと声かけたら起きるくらいです。

体は起きているけど脳は完全に覚醒はしていないうたた寝が多い感じは何なのか?見ていて不思議です。

生活にメリハリはない。

高齢になると体力が落ちて睡眠時間が短くなると聞きますが、この半端なうたた寝は睡眠時間にカウントされるのか謎です。

うたた寝状態を考えるときに交感神経と副交感神経というキーワードが思い浮かびました。

人は交感神経と副交感神経という2つのタイプの自律神経で体のバランスを整えているそうです。

自律神経の中枢は脳の視床下部という場所にありますが、脳のそれ以外のさまざまな部位も自律神経と関わっていることが最近になってわかってきました。自律神経は実に数多くの内臓器官に関わる重要な神経で、心臓、肺、胃腸、肝臓、膀胱、唾液腺、内分泌腺、汗腺、瞳孔、血管などに分布しています。

交感神経と副交感神経は、体の内外の状況や部位に応じてアクセルとブレーキの役目を交代して働きます。例えば、心臓の心拍数は交感神経が活発になると増えますが、胃腸を活発に働かせるのは副交感神経です。このように交感神経と副交感神経経は、協調しながら多くの器官をきめ細やかに調節しています。しかし、汗腺や血管のほとんどは交感神経だけが支配しており、体温の調節と血圧のコントロールを担っています。

https://healthcare.kao.com/main_post/autonomicnerveskiso/ より

こうして読んでもピンと来きません。

僕の場合は自分がアトピーでして、緊張状態にあるとき、そうでないとき。この切り替えるスイッチがあると感覚的に思います。

例えば日中仕事をしているときは緊張状態で、仕事が終わって家に帰ればリラックス状態になります。

日中仕事をしているときは痒みを忘れますが、家に帰った瞬間に痒みを思い出します。体の何かのスイッチが変わっているんでしょうね。

そしてこのバランスがどっちかに偏っててもダメで、緊張とリラックス状態をバランスよく過ごすことが心身を健康に保つために大事だとも思います。

あまり仕事が忙しくて緊張状態が続くことも体に良くないし、ずーっと家に引きこもっていてもリラックス状態を超えて体がダメになっていきます。アトピーが悪いときは家を出る気が起きず家に引きこもっていましたが、あまり引きこもり状態を続けていると頭も体も全く冴えなくなると経験的に思います。

グループホームで過ごす認知症の利用者は、生活にメリハリはなく交感神経と副交感神経のバランスが悪るそうです。

日中に半分くらいうたた寝しているから夜はよく寝れなくて昼夜の感覚もなくなり、脳はだんだん覚醒することを忘れて寝たきりが近づいていくのかもしれませんね。

認知症といえども、メリハリある生活は大事で人間生活でオンとオフは必要なんだと思います。

仕事をする必要がなくなったとき、仕事ができない状態になったときに、どうやってメリハリある生活を維持するか?

中山間地域で畑仕事をしている方々は朝もはやく、メリハリがありシャキッとしておられます。

今の70代、80代の方々がしてきた百姓的な暮らしがコストのかからない介護福祉なのかもしれません。

職場の年齢と性別がそれなりに散らばってることの重要さ

どーも、冨安です。

最近介護施設でバイトしていて、職場の年齢や性別のバランスについて考えています。

介護の仕事は女性の方が多いようで僕がいるところは、8人で回しており男性が2人、女性8人です。

年齢層は女性は50代〜60前後くらいの方が多いです。男性は35前後くらいの方です。

組織が全体的に若い人は少なそうで僕で一番若いレベルで、周りの施設には35前後くらいの方はいらっしゃいます。

地方の介護施設はこのような世代と性別のバランスのとこが多いのかなと思います。

流動性はなさそうだ。

僕がいるところは障害者がいる施設、グループホームが2棟、デイサービスなどもしています。

グループ内で職員の行ったり来たりはちょくちょくあるみたいですが、特に異動もない方もいらっしゃいます。

やることも大きくは変わらず働く顔ぶれも大きく変わることはあまりなさそうです。

しかし組織に流動性がないとマンネリ化することも多いように思います。

例えば僕は常に誰かにつきながら介護業務を教えてもらっていました。このとき人により考え方ややり方が異なりまして、新しい人が来てモノを教える必要性があるとき、改めて当たり前にやってたことを振り返る機会になっています。

職場の年齢と性別がそれなりに散らばってることの重要さ

職場は書いたように50代ー60代くらいの女性が多くて、印象的なのが噂話が多いことです。

どこの組織もそんなものかもしれませんが、誰かがいないとこで誰かの噂はなしをする。本人が目の前にいるときは普通に話しているのですが。

地元近くで住んでいて同じような世代で、同じようなバックグラウンドの方が多いからかもしれません。

特に組織が変化する必要ないならこれでいいんですかね。

よく言われることは結婚すれば腰を据える気になるからはやく結婚しなさい、です笑

北海道から岡山に来て落ち着きがない僕のようなイレギュラーは不思議がられます。

しかし年齢や性別、育ちのバックグラウンドが異なる人達が集まったほうが、新しいことや人への許容度や理解する姿勢が異なってくるように思います。

理解するのは大変ですし、理解できずに互い違いになることもあることもあるかもしれません。

それでも職場の年齢や性別がそれなりに散らばってる組織が未来に残っていくのだろうと思います。

キャッチボールがどれほど高度な遊びか。

どーも、冨安です。

最近介護施設でバイトをしていて、脳のことに以前より興味を持つようになりました。

認知症は脳のどこかにアミロイドβがあることとこちらの書籍に書いてました。

脳の神経変性疾患の原因には等しくこのアミロイド β という「シミ」があり、それが脳のどこにできるかによって病態が違うだけなのです。アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症などの病名は、後からつけられただけであって、原因はすべてこの「シミ」にあります。

施設の人を観察していると、例えば人によって話しかけたときの反応のスピードに違いがあります。

健常者だったら大なり小なり反応に違えがあれどさほど気になるものではありません。

でも認知症の高齢者だと反応の遅さが分かりやすいです。

「だれだれさん」

と話しかけると

呼びかけられたことに気づく作業

呼ばれた方向に体や顔を動かす作業

返事をする作業

これらの作業が1つ1つゆっくりと行われます。矢継ぎ早に話しても向こうの脳の処理が追いつてなさそうなので、このペースに合わせて話すことが大事だと感じています。

脳と体の細胞と神経が上手くつながっていないイメージです。

脳と体各部がつながってない感じはなぜ起こるか。

頭でイメージしたことが体で実際にやってみると思うようにいかないことはよくあること。

高齢者の方はこれが分かりやすいと思います。

筋力もですが、なぜ脳は衰えていくんだろうか?

ということを日々観察をしながら考えています。

身も蓋もないですが、体を動かさないと筋力が衰えるように体を動かさないと脳も衰えていくのだと思います。

TVの画面をみて頭だけで行う脳トレをやるよりも、脳を鍛えるには体を動かすのが一番なのではないだろうか?

この本は読んだことないのですが、身も蓋もないようでそうなんでしょうね。激しい運動は違うかもしれませんが、ゆるい有酸素運動くらいが脳にはちょうどいいんじゃないでしょうか。

体を動かすことは無意識ですが、脳の色んな部分を使っていそうです。頭だけで考えているよりも。

受験勉強で英単語を覚えるときとか、見てるだけでは覚えられず音読したり書いたりしますよね。

キャッチボールがどれほど高度な遊びか。

介護施設で遊びで柔らかいボールでキャッチボールをすることがあります。

そこで見ていて思うのは、キャッチボールは半端なく高度なことをやっているんだなということです。

ボールを投げるとき、

ボールの軽さがどれくらいで、相手の距離がどれくらいだから、これくらいの強さで投げればバウンドせずに相手のところに届く。

これを無意識のうちに感覚的に処理して、体全体を使ってボールを投げます。

どれだけ難解な処理を体は勝手にしているのだろうかと思います。

例えばサッカーであれば、DFからFWにパスを出すとき相手の距離を計算してボールを蹴りますよね。

この動作を体が行うときに、脳は一体どんな命令を体に送っているのか?

不思議でなりません。人間の体は1つの小宇宙みたいなものかもしれませんね。

歩くという作業1つとっても無意識のうちに色んな動作をしています。

頭で考えてパソコンやスマホばかり見るのではなく、体を動かすことが脳を衰えさせない一番の方法なんだろうと思います。

自尊心と施設の都合。急に車椅子の利用者をみて思う、人はどう寝たきりになっていくか?

どーも、冨安です。

最近介護施設でバイトをしています。

認知症の方が相手の仕事で、毎日同じようで同じことがないので発見や問いが尽きません。

最近はある利用者でこれまで何とか歩いていた方が、どーにも危ないということで車椅子生活になりました。

見ていると脳が活動してるとき、していないときがあるようで、夕方以降など歩いている姿は危なかっしい方でした。

本人はなぜ歩けるのに車椅子に座っていないといけないのか理解ができないご様子。

なにかあると立とうとしますが、立つことは施設側的にはNGで座ってもらいます。

自尊心をどこまで尊重するか、施設側のリスクのせめぎあい

立って動くことはできそうに思えるのですが、万が一のリスクが施設側からすると恐いのも理解できます。

一回転倒事故があったら死亡事故に繋がりかねないので。

利用者としては歩けるのになぜ車椅子に乗らなければならないのか?

立とうとするたびに職員に注意されて、歩きたいのに歩けない。

施設側は悪いと思いながらもリスクを考慮しての車椅子。

介護施設は利用者の自尊心をどこまで尊重すればいいのか?リスク管理とのはざまで判断が難しいなと思います。

人はどうやって脳や体が衰えていくか?

認知症の方といると、なぜ人の脳や体は衰退していくのだろうか?

毎日観察をしながらよく考えています。

だんだんと出来ないことが増えていくリアルを垣間見ます。

体や脳は使わないと衰えていくものだと思います。

若い人でも一ヶ月入院してたり、家に引きこもっていたら体も脳も衰退するはずです。

久しぶりに体を動かそうとしてもうまく動かなかったりしますよね。

あまり人とコミュニケーションをしていないと、うまく口が動かなったりもします。

でも脳は毎日のようにやることは覚えていてくれます。

一方でやらないことは忘れます。

人はやらないことは忘れるものだと思います。

施設の利用者をみていても徐々に寝たきりに近づいているようにしか見えません。

自尊心を奪うことがやる気を奪い、何もしなくなる。

車椅子に乗るようになった利用者は、歩けるのに歩けないことでどこか自尊心は傷つけられていると思います。

認知症の方が自尊心を保ちながら、できる機能をいかしながらどう生活するか?

これは自分でやってて本当に難しいです。つい向こうの都合でなくこっちの都合で物事を考えて進めてしまいますから。

子供や会社での教育にも当てはまり、自尊心を損なわずにモチベーションを持ち続けるような教え方は難しいものだと思います。

希望を抱いて会社に入社した新人社員が死んだ魚のようになるプロセスに近いんでしょう。

介護においては本人の意思とは反する施設側の都合が、利用者の寝たきり状態を近づけるように思います。

現場の兼ね合いや転倒事故のリスクとの折り合いが難しいので、話し合いが大事なんですかね。

本人がやりたいことの意思、事故を起こしたくない施設の都合。

介護保険は何でもかんでも世話をするのではなく、自立を促すような介護を目指しているそう。

職員がやってしまった方がやってしまった方が早いことが多々あるなかで、できる機能のなかで何をどこまでやってもらえばいいのか?

判断が難しいですよね。

いずれにしても、成長ではなく利用者は衰退していくばかりなので介護の現場は希望が見えづらい職なのだろうかと感じます。

介護施設のバイトで上がった想定外なスキル。

どーも、冨安です。

最近介護施設でバイトをしています。深いことは考えず始めたバイトでしたが、思いがけずとてもスキルアップしたことが1つあります。

最近バイトをしている理由

なんのスキルが上がったかといえば料理のスキルが上がりました。

毎回一食は食事を作る。

バイト先は9人の認知症の方が住むグループホーム。

朝昼夜の3食を提供していますが、シフトで入っている時間帯により一食は作ります。

僕の場合は昼飯か夜飯を担当しています。

基本的には

ご飯、主菜、副菜、汁物

で日々冷蔵庫にある食材の中からなにかを作ります。

これまで料理はテキトーな炒めものくらいしかしてこなかったのですが、ここに来て料理のスキルが向上しました。

介護施設で出す食事はどんな?

介護施設ではどんな料理を出すと思いますか?

まず、介護施設は飲食店ではないのでそんな豪華なことはしません。

よくある家庭料理をイメージしてもらえればいいかと思います。

どこにでもあるような食材や調味料で、魚の煮付けや肉じゃがみたいなよくある家庭料理を作ります。

例えば今日は昼飯を作りましたが、八宝菜と酢の物と味噌汁という感じでした。

残念ながら味噌汁が薄かったようで、味噌汁がイマイチだと言われてしまいました笑

一緒に働いてる方は主に主婦の方でして、それぞれに得意な料理などがありそうです。

皆さんの料理のやり方を見れること、毎回一食は料理を作ること、教えてもらえること。

これは料理の基本を学ぶ大変良い機会になりまして、結果として自宅でも自炊で色んな料理を試すようになりました。

自分でうまい飯を作れることの価値は計り知れません。

お金を稼ぎながら料理を覚えることができてこれは想定外な収穫です。

介護の食事作りの何がいいか?

介護施設の食事づくりは先程も書いたように9人分のご飯、主菜、副菜、汁物を作ります。

これらをだいたい一人で1時間ちょいくらいで準備をします。

時間内に配膳をするには、これまで主菜一皿とご飯しか作れなかった人間では生まれなかった発想が必要になります。

それは1つの料理を作っている間に、もう1つの料理を作る技術です。

毎回毎日のように9人分の食事を作ることで僕の料理脳が成長してきています。

また介護施設で作る食事は自分でも再現するのが簡単なのも特徴的です。

食材も調味料も普通の家庭で使うようなものしかないので。

料理のパターンを少しずつ覚えてきたので、クックパッドなどで色々と応用してみることでいろんな料理を覚えることができそうです。

食事を作る側の視点に立ててよかった。

自分のご飯もまともに作ってこなかった人間ですが、9人分の料理を作るのは貴重な経験でした。

やはり全部食べてくれたら嬉しいですし残されると残念な気持ちになります。

今いる施設の方々は比較的よく食べてくれるので良かったです。

食事を作る側に立ったことで、食べ物や料理を作ってくれる人の視点が前より理解できるようになったかと。

兼業農家はすごいと思う。

お米を自分たちで作り、食事を人様に作り。

食は命を繋ぐ大事な営みでそこを自分でやる経験をできてよかったです。お米を作ることも食事を作ることも、人の命をつなぐことだよなーと思います。

例えば上山のお米づくりだったら草刈りして水路掃除しての歴史が繰り返され、人の命を削りながら生まれています。

一皿ができるまでには農産物を作る人、送り届ける人、料理作る人、そして最後にご飯を食べる人。すごいストーリーがあるよなーと。

当たり前すぎて忘れがちですが、毎回毎回食事には感謝して生きていきたいです。

方言がいるとき。岡山弁が出るときはどんなときか。

どーも、冨安です。

最近バイトしてる介護施設はTHE岡山みたいな方が多く岡山弁が色濃いです。

岡山弁は例えば語尾に

〜〜じゃ、〜〜が。

「いうとるがー」「そうじゃー」

などは代表的です。

他にもしんどいは

「えらい」

といいます。

ちょっとは

「ちーたー」

何しているの?は

「何しよるん?」

どうしようもないは

「おえん」

などなど岡山弁です。初見だと何を言っているか理解できません。

上山のおじいなど何を話しているか理解できないときがありません。

環境的に必要になると方言は出るようだ。

これまで特に岡山弁をそんな使うことがなかったのですが、岡山弁が色濃いところにいるので自然と岡山弁が出てくるようになります。

上山だと関西や関東の人など色々なので標準語です。

なぜ方言はあるんだろうか、とか考えるのですが土地の気候や基質で動きやすい発音の仕方があるのかなーとか思います。

その環境下にいると割と自然と出てくるのが不思議です。

人間そこで生き残るために、体は勝手にそこの波長に合わせるんですかね。

例えば岡山ローカルな場所にいるので、標準語よりも岡山弁の方がよく通じるような気がしますね。

相手が認知症の方であっても。

兼業農家はすごいと思う。

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どーも、冨安です。

今日は上山で自分が管理していた田んぼの稲刈りでした。

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ここで作るお米は主に自分たちが食べるためのお米で、その他少しだけ販売をしています。

食べる分が主なので田んぼ関係の作業をして特にお金が発生するわけではありません。今のとこ

かろうじて獣害はなく稲刈りまでは終わったのはよかったのですが、生育に失敗して収量が少なかったり雑草が多すぎたなどちゃんとやれてない部分がでかかった今年の稲作でした。

兼業農家のスタイルでやっている。

上山で一緒に活動している面々は別に稼業を持ちながら田んぼをやっています。

田んぼはやっていることが分かりやすく目にみえるもので、どんな管理をしているか分かりやすく田んぼに出ます。

みな色んな仕事をしながらも、田んぼや草刈りを継続してやっておりすごい。

今年はかろうじで獣害はなかったですが、水管理や肥料、雑草とったりというとこでちゃんとできてない部分が結構ありました。

まず稲のことを分かっていなさすぎるのでもっと知りたいと思ったこと。雑草はヒエ以外も抜かないとだめだと思ったこと。ああしておけばこうしておけば…みたいなことは色々あります。

しかし上山で暮らして今も田んぼをしているおじいたちは、稲作は本業ではなく兼業でやっている方が多いです。

自分はできていない部分が多いので、本業がありながら兼業で農家をきっちりとしている人はすごいと思います。

田んぼに水を張って苗をつくって田植えをして、畦周りの草刈りや電柵したの草刈り、水管理をして。

草刈りだけでも労力はバカにならず、獣害も身近なので中山間地域でこうして田んぼをやることはしんどいことも多い。なので新米を食べれる喜びはまた素晴らしいのかもしれません。

ちゃんとできないと1年分食べる分を収穫できないし。

主食であるお米。

天災などの被害はなく稲刈りできたのはまずありがたいです。食べ物の収穫は自然の循環のなかでの恵みだなーと思います。

今日も食べるものに困らないのはありがたいですね。

最近バイトをしている理由

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どーも、冨安です。

最近介護施設でバイトをよくしていて、これが何でかといえば金で詰んでるからでだいたい原因は自分にあります。

こういう状況になってみたから考えれることも色々ありますね。

上山での暮らしは兼業農家みたいなスタイル。

今住んでいる上山での暮らしは兼業農家みたいなスタイルです。

自分が稼ぐ分はお金を稼ぎながら、田んぼの作業や草刈りを行っていきます。

草刈りや田んぼをやりながらどうやって生計を立てていくか?

ここを並行していくのが大変なところです。

今年のここまで半年くらいはドローンなどでぼちぼち稼ぎながらやってましたが、安定的にそれなりに稼ぐに至らず今日になります。

急な出費が重なると生計が立たなくなるレベルだったのでそれではダメだなと思いました。

また助成金から人件費をいただく選択肢もありましたが、人件費分のなにかをできるイメージが何も持てずもらうに値しないと思ったのでバイトすることにしました。

あれもこれも同時にやるのは無理。

金銭事情がだんだんしんどくなってくると心に余裕がなくなってきます。

そのなかであれやこれやとやろうとしても、なんか自分でもピンとこない感じになります。

ドローンや民泊、田んぼなどあれやこれやと同時にやろうとしてましたが、この状態はよくないし無理だと判断しました。

どれも半端にしかなりません。

なのでやることを絞ることにしました。

この上山という地域であれば、最も重要なことの1つが田んぼ草刈りです。

棚田という文化と歴史が長く続いている地域で、この地域で逼迫して大事なことは草刈りだと思っています。

1年でも耕作放棄地をほうっておくと荒れるのは一瞬で、しかし草刈りをしていくと景色が一変します。

なのである程度金銭的なものを確保しながら、草刈りだけは継続する方向性に切り替えることにしました。

難しいのは草刈りを継続すること

上山にきて1年半くらい。

棚田の原型は草刈りをすることで維持されます。

本当に大変なことは、草刈りを継続することだと思っています。

冬に草刈りして春に野焼きをしても、草刈りしなかったらまた荒れます。

一回バーっと草刈りやるだけだったら簡単ですが、継続することは難しい。

地域活性化などの文脈では、難しいことは取り組みを継続することだと思います。

個人レベルでは心のモチベーションかもしれないし金銭的な問題、生き方を変えたいことなどがあり、結局続かない地域での取り組みは多いと思います。

上山という地域であれば大事なのは草刈りを継続することなので、まず金と心に余裕を持たせた上で草刈りだけは継続しようと思っています。

あれもこれもやろうとするより、1つのことをちゃんと継続してやろうという感じです。

金に余裕があることは大事だ。

地域活性化や震災のボランティア。

こうした活動は金銭的に厳しいなかでやっている個人や組織が多いと思います。

最近お金で詰んでみて、お金に余裕があるなかで活動することはとても大事だなと感じました。

マズローの5段階欲求はわかりやすい例としてあげます。

800px Maslow s hierarchy of needs

  • 自己実現の欲求 (Self-actualization)
  • 承認(尊重)の欲求 (Esteem)
  • 社会的欲求 / 所属と愛の欲求 (Social needs / Love and belonging)
  • 安全の欲求 (Safety needs)
  • 生理的欲求 (Physiological needs)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E5%AE%9F%E7%8F%BE%E7%90%86%E8%AB%96より

金銭的なことは、5段階のうち安全の欲求に当てはまります。

生きていく上でそれなりにお金はいりますし、お金に余裕があって初めて心にも余裕ができてやりたいことも見えてくるんだろうなと思います。

この安全の欲求が問題なくて初めて地域での活動も復興ボランティアも成り立つんじゃないでしょうか。

人間、貧すれば鈍するものなんでしょうね。

地域おこし協力隊、フリーランス、兼業農家的な上山スタイル 3つの違い

これまで僕は色んな働き方を実験してきました。

北海道平取町にいったときは地域おこし協力隊、

北海道夕張市にいたときは、WEBを中心に稼ぐフリーランス的な働き方

上山では兼業農家みたいなスタイル。

まず地域おこし協力隊のときは極めて恵まれていたと思います。

何しろ移住して3年は何も考えなくても金銭面の安全が確保されますからね。

どうお金を確保するか?ここが心労のかかるとこだと思いますので。

今の立場から考えると、3年はとりあえずベーシックインカムは確保されてる状態は相当に恵まれてる状況でした。

その恵まれた協力隊をやりながらブーブー文句を言ってる人は辞めたほうがいいと思います。

次に夕張市ではWEB経由で仕事を請け負いながらお金を稼いで生きていました。

初めてのことが多いので大変でしたが、今考えるとラクでした。

自分が稼ぐことにほとんどの時間を使っていたので、まあどうにでもなる働き方だろうと思います。

そして今。

上山での暮らしで田んぼや草刈りなど公益的なことをやりながら、どうやって生計を立てていくか。

地方といえど仕事は選ばなければナンボでもありますから、今の兼業農家みたいなスタイルも1つの地方暮らしの1つなんだろうと思います。

まあ来て1年半の僕が、上山で簡単に暮らせたら過疎化の問題は深刻ではないでしょう。

とりあえず自分的に重要で絶対的に継続したいことは

①草刈り②ブログ

なのであれもこれもやろうとせず、ここを継続してやってこーと思います。仕事は純粋に自分が興味関心があることは色々とやってみたいですね。

体にいいのか毒なのか?最近ハマっていることは発芽玄米の育成

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どーも、冨安です。

最近新しい趣味ができました。

それは発芽玄米の育成です。

お米を食べるときは一般的に精米された白米。なのですが精米するのが面倒だったので玄米を食べていました。

いま住んでいる上山ではお米を作っていて、お米は買っておらず自分たちで作ったお米を食べています。

玄米を食べていて、そういえば水につけとけば発芽玄米になってそっちの方が栄養価が高いとかなんかで書いてあったなーと思い出しました。

上山玄米を水につけておきます。

玄米を発芽玄米にするときは水につけておいておきます。

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まだどうなったら食べごろなのかよくわからないのですが、これは3日目で先端の白っぽい部分がだんだんと発芽して尖ってきます。

気のせいなのか確信が持てないのですが笑

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これで水につけて3日目くらいですね。

季節によって発芽するタイミングは違うらしく、今時期でこの玄米だと3日が目処なのかなーという印象です。

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これは水につけてない玄米と1日目と2日目の比較。

この発芽玄米は普通の炊飯器でたいて食べています。味は全然食べれるしいけます。旨味もあるんじゃないですかね。

また白米とは合わせて食べたいものが違ってきます。

発芽玄米を食べるときは、ごま塩みたいなシンプルなものが合います。

白米だと味の素や永谷園みたいな濃い味付けが食べたくなるのですが、発芽玄米と白米では合う食べ物も違うのかなという印象です。

玄米の特徴の1つは毒素を吐き出すフィチン酸らしい

玄米は体にいいという話がありますが、ちゃんと調べてないのでよくわかりません。

ただ何冊か読んだ本の中で出てきたキーワードがフィチン酸。

玄米の表皮に含まれるようで、体の有害物質を排出するなどの効果があるようです。

一方で体に必要なミネラルまで排出してしまうデメリットもあるよう。

このフィチン酸が体によくないという記事もあれば、そこまでの影響はないという記事もあります。

いずれにしても玄米のフィチン酸を中和するための手段が、玄米を発芽モードにすることだそう。

玄米を発芽玄米にすることでフィチン酸は分解され、白米より栄養価が高く毒も少ない状態で食べることができるそうです。

何が正しい情報なのか?

情報がありすぎてまだわかりませんが、発芽玄米で人体実験をしばらく続けてみたいと思います。